ハノイ空爆
パリで行われている北ベトナムとの交渉が進んでいないニクソンは苛立った。
北ベトナム政府を席に着けるため、ハノイを含む主要地域に空爆を行うことをキッシンジャーに相談していた。
キッシンジャーも圧力をかけることに同意し、空爆が実行されることとなる。
だが、北ベトナム政府もハノイを守るため、戦術機だけでなく、戦略爆撃に対抗するための防空網整備を行っていた。
東側も防空網構築に手を貸し、最新の防空システムを提供していた。
北ベトナムへの支援ももちろんだが、万が一、西側と全面戦争になったとき、自らの防空網がアメリカの攻撃に対応できるか、確かめる絶好の機会だったからだ。
そして、空爆を失敗させ、東側防空網の威力をアメリカに見せつけ、全面戦争を思いとどまらせる狙いもあった。
東側諸国、ソ連と微妙な仲となっている満州、北日本、北中国が北ベトナムへ支援を行っていたのも、アメリカの戦闘能力を確かめるため、自らの装備で対抗できるか確認するためだった。
だからこそSA2やSA3を惜しみなく配備していた。
米軍も少なからぬ被害を出していた。
ラインバッカーⅡ以前は、北ベトナムへ空爆に向かったB52がSA2ミサイルの迎撃を受けて数機が撃墜される被害が発生。
北ベトナムへの空爆を中止したほどだ。
北爆反対の世論への考慮もあったが、対空ミサイルによる大きな損害を受けたことも大きな要因だった。
つまり、アメリカは東側の防空網が脅威であることを認めていた。
だからこそ排除することを決意した。
最初に防空網の破壊を徹底するよう命じたのは、機雷敷設を容易にするためだけでなく、ハノイ周辺への戦略爆撃を容易にするためだ。
そのために、技量に優れた部隊、ワイルドウィーゼル部隊を投入した。
アメリカだけでは足りないため、日本に参加を依頼したのも防空網排除のために特別な訓練と技量を持つ部隊を有していたからだ。
日本は作戦参加のために政治的譲歩をアメリカに強いることができたが、参戦までは拒否することができなかった。
そのため、上原たちが出撃し、対空ミサイルを排除することになった。
そして、自分たちが空爆を招いたことを、爆撃機の安全を確保し、ハノイへ導いたことを知ることになる。
上原は職務上、知らされていた。
だが、梶谷は知らされていなかったため、衝撃を受けた。
ハノイへ侵入したB52は、五〇〇ポンド爆弾一〇〇発以上、二五トンもの爆弾を投下し、爆撃地点を灰燼にした。
侵入したのは一機だけではなかった。
時間差、高度差、方向差をつけて、ハノイの全周囲から一八〇機のB52、それも爆弾搭載量を増量した特別改造型のD型が殺到し、指定された目標へ投下する。
編隊を組んで襲撃したが、密集した編隊への被害が多く、夜間に単機で爆撃を行うことにしていた。
機数が少なくなり攻撃力が低下することが心配されたが、単機で二五トンもの搭載力はB29の爆弾搭載量の五倍もあり、単機でも威力過大と言えた。
グアムをはじめ、嘉手納、高雄――昆明からも出撃予定だったが、南中国との関係悪化により断念――などより燃料を減らして、積み込めるだけの爆弾を積み込み、最大搭載量で離陸。
上空待機していた空中給油機より燃料を受け取り、ハノイへB52は殺到した。
北ベトナム軍も全力で迎撃しようとした。
だが、防空レーダー網を破壊され、残ったレーダーも妨害電波で機能せず、迎撃管制の通信も妨害され、有効な迎撃は行えなかった。
SA2などの対空ミサイルも誘導できず、置物と成り果てた。
唯一反撃したのが一〇〇ミリ高射砲KS-19。
高射砲の末裔とも言うべき大型対空砲だった。
古典的なサーチライトと爆撃による火災によって浮き上がるB52へ、毎分一五発の直接照準射撃を実行。
二機を撃墜、数機を帰還したもののスクラップ処分にし、十数機を被弾損傷させた。
これが北ベトナム軍が与えた最大の損害であり、限界だった。
米軍に被害はあったが、ハノイへの空爆は成功した。
石油貯蔵施設をはじめ、主要な軍事インフラ、国家の存続基盤さえ破壊し、事実上北ベトナムは継戦能力を喪失。
機雷封鎖により、海外、東側からの支援も受けられない状態となっている。
このまま行けば戦争に負けるどころか、北ベトナムの存在自体、無政府状態になりかねない状態となった。
強硬姿勢の北ベトナム政府もさすがに青ざめ、パリでの交渉再開を決定する。
だが、やられてばかりではなかった。
交渉を優位にするためという名目で、復讐を果たすべく、北ベトナムは反撃作戦を実行してきた。
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