安全保障理事会と中華民国

「出来るのですか?」


 佐久田は、キッシンジャーの言葉を聞き返した。

 安全保障理事会常任理事国。

 国連で最も大きな権限を持ち、法的に加盟国へ拘束力を持つ決議や、軍事力の行使さえ行うことができる組織が安全保障理事会だ。

 事実上の最高意思決定機関である。

 日本は非常任理事国に毎回選ばれている。

 しかし常任理事国は任期がなく、しかも拒否権がある。

 たとえ他の常任理事国を含め圧倒的賛成、理事会構成国15カ国中14カ国が賛成であっても、拒否権を発動すれば、議案は否決される、という最高の力を持っている。

 もし日本が常任理事国になれるなら、国際的な地位を戦勝国並みに回復したことになる。


「中華民国のあとを継いでもらう方向で考えています」


 中華民国は常任理事国だが、その地位は南北問題により疑問視されていた。

 本来の領土である中国の北半分を中華人民共和国が支配しているため、分断国家が常任理事国の座を占め続けることに対して、五〇年代から南北分断が固定化されて以来、疑問が呈されてきた。

 東側は執拗に攻撃し、先日もアルバニアが「中華人民共和国に常任理事国の権利を与えるべきだ」と決議を上げたばかりだ。

 これまでは蒋介石がこれを蹴散らしてきたが、アメリカが中華人民共和国を訪問したことで風向きが変わった。

 中華人民共和国に常任理事国の椅子を与えるのではないかという疑念が広がり始めたのだ。

 実際、西側でも中華民国の常任理事国入りに疑問が呈され、中華民国と中華人民共和国の共同議席を提案する動きもあった。

 これを聞いた蒋介石は激怒した。


「追い出すつもりなら、その前に出て行く!」


 蒋介石は国連脱退も視野に入れ、態度を硬化させた。

 先のラインバッカー作戦中も、アメリカの仕打ちから途中で離脱。

 米軍の国内基地使用禁止や、北ベトナムに対する好意的中立へと態度を変え、アメリカへの不信感を露わにしつつあった。

 そして本当に常任理事国と国連から脱退する動きを見せていた。

 キッシンジャーはこの動きを利用して日本を釣る餌にした。


「空席を満たすために日本に座ってもらいたい」


「中国の議席でしょう。日本に移ることはないでしょう」


「アメリカが支援します」


「ソ連が拒絶するでしょう」


 アメリカの外交的な提案は、常にソ連が拒絶してきた。

 日本が国連に加盟できたのは、極東戦争中にソ連がボイコットしていた時期に滑り込んだからだ。

 そのおかげで、北日本ではなく南日本が正統な政府であることを主張できた。

 これはソ連にとって痛恨の失策であり、特に独立させた北日本が国際的に承認されないという出来事は、外交的な失点となった。

 そのため、ソ連は国連ボイコットを取りやめた。

 直後に行われた韓国の加盟申請も、十対一という圧倒的な賛成多数にもかかわらず、ソ連の拒否権により否決されたことを考えれば、日本の加盟は滑り込みセーフだったのだ。

 そして米ソの拒否権合戦により安全保障理事会は事実上、機能不全となっていた。

 ソ連が、日本を受け入れる可能性は少ないと考えられた。


「ソ連の封じ込めに関しては、アメリカにお任せを。日本には部隊を出してもらいたい」


「確約が欲しいです」


「ソ連が日本の常任理事国入りを支持する、ということでいかがでしょうか。ソ連の支持があり次第、作戦参加、同時に常任理事国に」


「いいでしょう」


 事実上、ソ連だけが障害であった。

 それがうまくいくなら、この提案に乗っても良かった。

 しかし、佐久田はそれが不可能だと考えていた。

 作戦に不参加する理由を見つけるために、彼は交渉の決裂、結果としてラインバッカーⅡに日本は不参加、を期待していた。

 だが、キッシンジャーは巧妙だった。

 直後、ニクソンがモスクワを訪問し、ブレジネフ書記長と会談。

 膨れ上がる軍事費に苦しんでいた米ソ両国は、軍縮による緊張緩和、いわゆるデタントに合意したのだ。

 その中で、ブレジネフは「中国の後任として、日本が常任理事国になることを支持する」と発言した。

 ニクソンがデタントに合意するには中国の代わりに日本が常任理事国となることを支持するよう求めたからだ。

 軍事費の増大に苦しんでいたブレジネフは承諾するしか無かった。

 しかし、ソ連にもデメリットばかりではなかった。

 日本を支持することで日本に恩を売れる。

 また北中国がアメリカと接近するのを防ぐため、中国の議席を日本に移すことで米中の関係を破壊するソ連の策略の一環でもあった。

 ちなみにソ連と中国は基本、仲が悪いので中国に何を言われてもソ連は平気だった。

 思惑は多々あるが、ブレジネフの発言により、日本の常任理事国への道が開かれた。

 もちろん日本は中国と同じ分断国家であり、常任理事国の資格はないという声が上がった。

 だが日本は国土の大半を実効支配しており、世界第二位の生産力、そして豊富な軍事力を誇っている。

 日本が参加しない方がおかしいという意見が通り、中国の後釜として常任理事国となった。

 かなりアクロバットな展開だったが米ソが後ろ盾、東西両陣営の盟主が手を握れば不可能では無いことを証明した。

 その代わり、日本にはラインバッカーⅡ作戦への参加が義務づけられた。


 同時に、中華民国の蒋介石は激怒。

 彼は常任理事国と国連、EATOからの脱退を宣言し、以後、独自行動を取ることになった。

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