変動相場制

 経済がグローバル化し、リアルタイムで世界がつながっている今、適正な相場や交換比率を適切に、誰かが、あるいは組織であっても決定するなど不可能だ。


「これからは市場原理に任せ、固定相場は不要にしましょう」


「しかし、急激な乱高下が起きた場合、どうする。安定しない場合、資源輸入もまともにできない」


「そのための獲得した外貨準備、一〇〇億ドルです。日本円は刷り増しで対応出来ます」


 今回得たドルを元手にして変動相場制にしようというのが佐久田の目論見だった。

 実際は高木が残したシンクタンク、ブレイントラストの意見を元に、佐久田が提案している。


「しかし、円が高くなったら日本の産業は大丈夫なのか? 輸出はうまくいくのか」


「その場合、日本は海外からの資源を輸入し、国内の産業育成、国内開発に向かいましょう。輸出は円高でも利益が出る商品に絞るのです。日本の製品は十分に競争力があります」


 かつて日本製品は「安かろう、悪かろう」の代名詞だった。

 だが、絶え間ない改良によって世界でも最高の品質を提供し輸出して外貨が獲得できるまでになっていた。


「総理、日本の産業を信じましょう。そして有望な商品を生み出しやすい環境を作り出すのです」


「だが、固定相場に戻さなければ貿易の促進が難しいだろう」


「大戦後から世界の経済は発展し、複雑化しています。最早、固定相場では経済の動向に対応出来ないでしょう。一ドル三六〇円が適正だった時代は終わりました。仮に今、適正なレートが分かったとしても、世界経済の変化であっという間に変わります。ならば市場に委ねましょう」


 自由資本主義の基本は市場の自由であり、最大の利点は価格を市場が自然に決定してくれることだ。

 共産主義のように政府が価格を、全ての価格を決める――市場調査、原価計算、修正などを経て適切な価格設定を行う手間がない上、実体を表す。

 経済が発展したのも、余計な、そして最大の規制である生産数と価格の規制が無いからだ。

 だが、問題はある。


「投機が過熱したらどうするんだ」


 自由だと、どうしても資金のある人間による投機が起こりやすく、混乱しやすい。

 買い占めなどで一般消費者が被害を受けることが多いのが欠点だ。

 だが佐久田は変動相場を進めるべきだと考えた。


「経済論理と実態が乖離した時こそ、通貨危機が起きるのです。固定されているのが不自然なのです。ならば変動を許し、その時々の状況に応じて決めましょう」


「それで、安定的な資源獲得と、輸出が出来るのか」


「外国為替先物市場を設け、少なくとも年度内の一年以内は安定的に交換できる仕組みを作っておけば良いのです。変動しても影響を受けにくい、少なくとも変化が遅い選択肢を与えることで、経済を安定させます」


 先物市場は投機の場というイメージだが、実体は物価安定のための市場だ。

 製品を作るとき、原料の値段が日々変わっていては販売価格を決定できない。

 なので原料を買うときの値段を、半年先の値段を決めておき、計画通りの値段で受け取れるように予め決めておく場所――それが先物市場だ。


「まるで米相場だな」


 先物市場の歴史は古く、史上最初の先物は日本の堂島で開かれた。

 そのことを佐藤は思い出し、呟いた。


「はい、通貨も商品の一つになったと考えるべきです。どの通貨をどの通貨で買うか、考える時代になったのです」


 佐藤総理はしばし逡巡した後、答えた。


「……分かった。早速、準備を進めよう」


「ありがとうございます」


 落ち着いた口調で話すが、内心はドキドキだった。

 多少経済のことに詳しいが、元軍人である佐久田には荷が重い。

 すべては北山と高木の入れ知恵だった。

 何とか総理を説得出来て、佐久田は安堵した。

 だが会議は終了したが、佐久田は残された。

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