ニクソンショックによる日本経済への打撃

「ニクソンにしてやられた」


 八月一七日の閣議後の私的懇談会、事実上の極秘政策会議で佐藤は怒りをぶつけた。

 ドルの金兌換停止はロジャース国務長官より通達されていた。

 声明の十分前に。

 通常なら大統領が総理に言うべきことだ。

 だが、声明発表準備の為に国務長官が代行した。

 そんな短時間では到底間に合うところか会合も出来ず、佐藤はニクソンの声明を聞くことしか出来なかった。

 発表と同時に東京市場は大混乱し、発表当日だけで六億ドルの平行買いを日銀は行った。


「しかし、市場閉鎖を行わなかったのは良いでしょう」


 佐久田が慰めるように佐藤に言った。

 当日、大蔵省では発表直後に緊急会合を行い市場の緊急閉鎖か、開放継続か、で激論が繰り広げられた。

 しかし、開き続ける事になった。


「紙屑を買わされる事になったんだぞ」


「ですが市場の信頼を得ることが出来ました」


 欧米市場が混乱する中、東京市場のみが開いていたため、東京市場に資金が流れ込むことになった。


「だが、我々の経済は大打撃だ。株も下がっている」


 東京証券取引所は輸出企業への打撃、ドルの価値が下がり、を予想した投資家により輸出関連株が売られたことで二一〇円安、8%減となった。

 経済成長が鈍りだしていた時にやられたため、佐藤にとっては大打撃だ。

 一方アメリカでは、国内産業が振興するという期待感から買い注文が殺到。

 声明の一三時間後に開いたニューヨーク市場ではダウ平均が三三ドル近く上昇し史上最大の上げ幅を記録していた。

 当然、アメリカ国民は諸手を挙げて新政策を歓迎した。


「アメリカの一人勝ち、いや我々を潰す気だ」


 佐藤は怒りをぶつけるが、佐久田は果たしてそうか、と考えた。


「佐久田、何を黙っている」


「ですが好機ではありませんか?」


「経済が打撃を受けているのに好機だと」


「確かに輸出で儲けていた日本は、打撃を受けるでしょう。しかし、今回の強引なニクソンのやり方は、アメリカの経済体制、世界経済支配が揺らいでいる証拠です。むしろ日本が飛躍する大きな機会ではないでしょうか」


 確かに、今後円高が予想され輸出では打撃を受ける。

 だが輸入、海外から資源を獲得するには好都合になる。

 原料調達価格が下がり競争力は十分に確保出来る余地が出来る。


「また金と交換できなくなりましたが、アメリカの通貨であるドル、世界に流通する通貨を日本は大量に持つ事が出来ました。アメリカへのカードとなるでしょう」


 確かにドルは金と交換できなくなった。

 そのうえ、今回の騒動で日銀、日本は大量のドルを買うことになってしまった。

 しかし、ドルが世界最大最強の国の通貨である事に変わりはない。

 ドルの購買力はまだ強く各国で通用する。

 その通貨を日本は大量に持っている。


「この上は、変動相場で外貨準備を進めましょう」


「日本円が売られていくが」


「日本円の流通量が増えて、日本の影響力、経済規模が増します。このまま市場を開き続け日銀に外貨準備を積み増すべきだと考えます」


「しかし、そのような日本円の準備はない。刷りすぎるとインフレになる」


「固定相場制に拘る必要は無いと考えます」


「それでは貿易が不安定になる。常に販売したドルが幾らになるか考えなければならない」


「確かに手間は増えます。しかし適正な相場、交換レートを政府が決定する方が労力が必要になります。しかも、適正な相場を決定するには多くの労力が必要になるうえ決定しても、直後に経済環境が変わり、すぐに無意味になります」


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