ニクソンショック 一回目

「どういうことだ!」


 ホワイトハウスの発表に佐藤総理は外務省事務次官を呼び出し怒鳴った。


「ワシントンの日本大使館は何ら情報を得ていなかったのか」


「どうも国務省も把握していなかったようで発表に驚いています」


「そんな事があるわけ無いだろう! 連中は隠していたんだろう! 日本をだましたんだろう!」


 佐藤の怒りは更にヒートアップしたが、事実は外務事務次官の言うとおりだった。

 ニクソンの東アジア、東側諸国を訪問することは国務省にも国防総省にも知らせず、ホワイトハウス、キッシンジャーの関係者のみで実行された。

 キッシンジャーの情報機関時代の伝手を使い、各国の駐在武官、CIA支局員を使い交渉を行い、各国と調整した。

 時間がかかるかと思われたが、溥儀の葬儀という千載一遇の好機が訪れた。

 各国の関係者と一堂に会して調整を行う事が出来たからだ。

 満州国の北山も積極的に協力し、キッシンジャーに通訳をあてがったりした。

 さらに満州国滞在中、体調不良を名目に公の場から離れ、密かに東アジア各国を訪問し交渉の総仕上げを行った。


 交渉は成立し、ニクソンの東アジア訪問、東側諸国への訪問が行われる事になった。

 キッシンジャーの外交は成功したといえる。

 だが、蚊帳の外に置かれた日本などの東アジア西側諸国、特に東西に分断された諸国は激怒した。


「我々を、日本を蔑ろにする行為だぞ!」


 日本にとっては非常に不愉快な行為だ。

 当然のことながら北日本、日本人民共和国の事を日本は認めていないし国家承認もしていない。

 北日本を認めたら東京の政府の正統性に疑問符がついてしまう。

 アメリカも分かっており、表向きに外交交渉は行っていない。

 しかし、そんな国にアメリカ大統領が公式訪問することは事実上、北日本を国家承認したも同然だった。


「どうしてアメリカはこんなことをするんだ」


「ベトナムから抜け出すためでしょう」


 横にいた佐久田が言う。


「どういうことだ!」


 アメリカにベトナム参戦を勧めた当人の突き放したような言葉に、佐藤は苛立った。

 佐久田のいつも通りの口調なのだが、聞く人間によっては非常に耳障りだ。

 特に苛立っていると、癪に障る。

 しかし、佐久田は冷静に説明を続けた。


「今、北ベトナムを支援しているのは北日本と満州国です。外交関係を深めて、ベトナムから手を引かせるのが目的でしょう」


「北中国はどうなんだ」


「満州国への牽制でしょう。中華民国を抑える代わりに満州国への圧力を強め、北ベトナムへの支援を止めさせるための手段です」


「それでは中華民国、日本への裏切り行為ではないか。南ベトナムさえ見捨てるのか」


「それだけベトナム戦争から撤収しようと考えているのです」


 大統領選挙公約を何が何でも実現しようとするニクソンとアメリカを衰退させるベトナム戦争を終わらせようとするキッシンジャーの強い意志の表れだった。


「つまり、ベトナム戦争は終わると言うことか」


「正確にはアメリカが抜け出すということです。それだけ強い意志でアメリカは動いています」


「なりふり構っていられないほど弱っているか」


「はい」


 アメリカがベトナム戦争に疲弊しているのは事実だ。

 このままではアメリカの維持が難しいほどに。

 それは佐藤総理も知っている。

 一時は怒りで怒鳴ったが、アメリカの現状、追い詰められている状況を考えればこのような方法をとるのも致し方ないといえた。


「……わかった。今回は許そう。アメリカが弱体化すると東側の圧力が強まるからな」


 佐藤は現状を認め、アメリカの方針を承諾することにした。

 佐久田としても納得できる結論だった。

 アメリカが弱まっているのは確かだし、不毛な戦争にこれ以上介入して東側の脅威が高まることは避けたい。

 だが、アメリカの弱体化は佐久田の予想を上回る深刻な事態であり、アメリカの次の手を見落とす原因となった。




 東アジア訪問発表はニクソンショックと呼ばれ、東アジア、ベトナム戦争の行方に大きな影響を与えた。

 だが、それ以上の衝撃が、翌月ワシントン時間八月一五日夜、日本時間一六日午前一〇時にホワイトハウスから発表から放たれた。


「アメリカの新たな経済政策として、金とドルの一時停止、アメリカの産業を守るため十パーセントの輸入課徴金の導入、以上の政策の混乱を避けるため九〇日間の賃金物価の凍結を実施します」

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