キッシンジャーの洞察力

 大戦中、ヘンリー・キッシンジャーは、下士官として従軍。

 幼少期にドイツに生まれ住んでいたためドイツ語が堪能である事を買われ通訳官として情報部門で任務に就いた。

 その時、上官だったのはOSSのダレス支局長だった。

 情報関係の仕事で通訳、ドイツの外交、軍事の機密文書そして連合国の外交の裏側を知ることが出来たのはキッシンジャーが現実主義的な考えを持つことに役に立った。

 そして、日本の外交活動、ダレスが大戦末期に日本との講和交渉を行っていた事から、代替の事情は知っている。

 また、ハーバード大学時代、学生の交流事業で日本を訪れ、中曽根など日本の中枢部の人間と話をする機会を得て、大戦末期に起きた事を当事者から聞く事が出来た。

 それらの記憶と、自分の外交史の研究から見抜いたのは、パワーバランスの均衡。

 その知見をもとに大戦末期東アジアで起きたことを考えれば何をしたか予測できる。


「まったくこれほどの計画を計画実行、するとは日本も侮れない」


 日本が降伏しても戦後、優位な状況になるよう絶妙に調整する計画。

 アメリカとソ連が対立することは明らかだ。

 ナチスドイツという共通の敵が出来て協力しただけで対立の火種は残っている。

 戦争が終われば露出してくるのは明らかだ。

 それを念頭に、日本が東西対立の最前線、アメリカが東アジアでソ連と立ち向かう立場になる様に仕組んだ。

 大戦末期の満州国の裏切りと単独講和はソ連を東アジア、中国に乱入させ、アメリカとの力の均衡を、ソ連優位にするための方法だった。

 元々、ソ連にアメリカに対抗する力は無い。

 大戦に勝てたのはアメリカのレンドリースのおかげだ。

 だからソ連が優位になる様に手を加える――満州国を東側陣営に入れた。

 ソ連はヨーロッパの国であり、極東にインフラ基盤など無く、脅威となる存在ではない。

 だが、満州国という工業力がある拠点が現れたら、重大な脅威だ。

 ルーズベルトが、東アジアの要と見込んだ中華民国は腐敗により脆弱で日本にも勝てない頼りない存在だ。

 中華人民共和国の侵攻を揚子江という防壁でようやく抑え、中国大陸の南半分を保持しているに過ぎない。

 中国がこのていたらくなのだから、日本の重要性が更に高まったと言える。

 日本はそのことを分かっていて、アメリカに降伏、事実上の講和を果たした。

 そして、西側の有力国、東アジアの重要な大国となっている。

 この事実を見れば大戦末期に何が起きたか明らかだ。


「しかし、上手くいくとは。完全に明らかにできないのが残念だが。」


 勿論、これは全てキッシンジャーの推測であり物証はない。

 しかし、それだけで十分だったし、佐久田と北山の表情を見れば、真実は明らかだ。

 これを切り札に、日本の参戦と満州国の支援停止を引き出せただけで十分。

 北ベトナムを追い詰める手としては有効だ。


「日本はよい同盟国だ。かつて敵対したが心強い味方になってくれた。だが、アメリカの敵になることは危険かもしれないが、友人になることは致命的だ」


 キッシンジャーは不敵な笑みを浮かべた。

 アメリカがベトナムから抜け出すための手段として、日本の参戦と満州の協力を取り付けた。

 だが、これだけではまだ撤退に足りない。


「もう一つの処置を行うとしようか」


 北ベトナムを交渉の席に付けるには、更に北ベトナムを追い詰める必要がある。

 何が何でも北ベトナムを交渉の席に付け、ベトナムから撤退するためにキッシンジャーはありとあらゆる手を使うつもりだった。

 それがOSSで国際政治の現実を見て、大学院で外交史を学んだ結論だった。

 徹底した現実主義と、力の均衡。

 それが国際政治の現実であり、アメリカは一番力を持っているに過ぎない。

 世界一だからといって何でも出来るのでは無いのだ。

 世界最強なら何でも出来るのなら、ナポレオンは1812年当時最強の実力を持っていたが、ロシア遠征に失敗し、没落の切っ掛けを作った。

 その轍を踏まないためにも、キッシンジャーは、世界のパワーバランスを組み替え撤退できるようにしようとした。

 弔問にかこつけて満州国を訪問したのもその下地作りだ。

 念入りにOSS時代のつてを使い国務省を介さず、CIAと駐在武官を使って各国と交渉を進めてきた。

 そしてキッシンジャーは自ら乗り込んで交渉をまとめ上げようとしていた。


「必ずや達成して見せる」


 決意を新たにしたキッシンジャーの乗った北山航空の機体は、やがて目的地に着陸した。

 そこは日本人民共和国の首都、豊原の飛行場だった。

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