キッシンジャーの切り札
71年時点でベトナムに兵力、まともな空海戦力を出せる国が日本しかないのは事実だった。
しかし、佐久田は首を横に降った。
「日本政府が納得するとは思えません」
平和に賛成でも自ら動くことのない政府と国民だ。
講和のためとはいえ、軍事行動を認める訳がない。
「勿論、十分な援助を、米ドルで支払う用意があります。繊維交渉で日本側に譲歩することも考えています」
キッシンジャーの言葉に佐久田は反応した。
日本の経済を安定させるため、今デモ活動を行っている学生を黙らせるには経済的な恩恵が一番良い。
日本としては有り難い提案だ。
しかし、北山は首を横に振る。
「満州国が動く理由はありませんよ、北ベトナムは友好国です」
「軍隊を出せと言っていません、北ベトナムへの援助を止めて貰いたい」
「なに?」
表向きには参戦していないが北ベトナムに満州国、北山は大量の援助を行っていた。
武器弾薬食糧、軍事顧問団などだ。
特に防空ミサイルや航空機は大半が満州、いや北山製でソ連製より品質が良いこともあり北ベトナム軍を支えていた。
「武器弾薬が無ければ動けなくなる。北ベトナムは交渉の席に着くでしょう」
日本に攻めさせ、満州国空の供給を止めて交渉の席に付けようというのだ。
「満州国に利点がない。北ベトナムは我々の同胞だ。見捨てることなどできない」
「満州国には、米国市場への拡大を約束します」
北山は顔色を変えなかったが、内心ではソロバンをはじいていた。
東側を相手にしているが、西側でしか手に入れられない原材料や部品がある。
特に電子関係は西側が十年は進んでいる。
高性能な工作機械、電子機器を手に入れるためにも西側の通貨、ドルが必要だった。
「魅力的な話ですが、説得するには話しが大きすぎますね」
「確かに」
しかし、米国と協力する理由、利益十分なにはならない。
ある程度、値をつり上げる必要があると考えた。
だがキッシンジャーもアメを与えるばかりでは無い。
「引き受けていただけないのなら、私にも考えがあります」
「何でしょう」
「日本と満州国の関係です」
キッシンジャーの言葉に北山と佐久田は凍り付いた。
アメリカを焦らせるため、満州国が日本を裏切りソ連を引き入れた。
そして戦後、日本を東西陣営の対立の最前線に立たせ、アメリカから良い条件を引きです。
それが二人と高木の計画だ。
これは秘密だが、バレたらお終いだ。
特に米国には。
キッシンジャーはそれを見抜いて、黙ることを条件に日本と満州国を思惑に乗せようとしている。
だが同時に、交渉材料だと思った。
「公表して良いのですか」
「出切れば使いたくありませんね。日本は貴重な同盟国ですから」
返答は本心だと佐久田は確信した。
日本と満州国の裏の関係、計画は外交的な核弾頭だ。
日本と満州に関わる国々、アメリカもソ連も巻き込んで破壊してしまう。
そして、破壊するには日本も満州も国力がある上、東アジアで重要な位置を占めている。
破壊したら、東西陣営のバランス関係が大きく崩れる。
ベトナムからの撤収どころの騒ぎではなくなる。
キッシンジャーは、交渉の手札として使っているだけだ。
今後、米国がこのことを公表する懸念はない。
「……良いでしょう。日本は参加します。しかし支援策、戦費負担はお忘れ無く」
「勿論です」
佐久田は了承し、ようやく解放された。
「ありがとうございます北山さん。上手くいきました」
「あまり良くないことだがな」
「では、もう一つの約束を守って貰いましょう」
「……良いだろう」
北山は苦々しくキッシンジャーに答え、大和ホテルの秘密の通路から連れ出した。
「やはり、日本と満州国は裏で繋がっていたようですね」
特別機の機上の人となったキッシンジャーは、呟いた。
東アジアの動き、日本と満州が大戦末期に起きた外交的な奇跡は、あまりにも劇的すぎる。
裏で誰かが操っている。
状況を利用した壮大な計画を作り上げた人間がいる。
キッシンジャーは表の動きと、裏の様々な情報から確信していた。
「貴方のおかげで、確信を得る事が出来ましたよ。アレン・ダレス支局長」
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