テト攻勢後のアメリカ

「協力?」


 キッシンジャーの意外な言葉に佐久田は問い返した。


「はい、大統領の目標、ベトナムからの米軍撤退のためにご協力をお願いしたい」


「日本は既にベトナムから撤退していますが」


 テト攻勢の当初こそ混乱した西側だったが、態勢を立て直すと反撃し、米軍を上回る損害をベトコンに与えた。

 数値的には米軍の勝利だったが、世論的には敗北だった。

 南ベトナムでの虐殺が連日報道され、アメリカ国民は米軍が劣勢である、この戦争に大義はないと感じ始めた。


 そして2月27日にCBSのニュース番組アンカーマンのキャスター、ウォルター・クロンカイトからもベトナム戦争への疑問と戦況の行き詰まりに苦言が述べられた。


「民主主義を擁護すべき立場にある『名誉あるアメリカ軍』には、これ以上の攻勢ではなく、むしろ交渉を求めるものであります」


 とクロンカイトは厳しい口調でアメリカ軍の介入を批判。

 アメリカの世論に大きな衝撃と影響を与えた。

 テト攻勢後、ベトナム派兵は誤りであったと考える人の割合が過半数となるようになった。

 逆にジョンソン大統領の戦争遂行の仕方に対する支持は26%にまで落ち込んだ。クロンカイトの発言によって事実上、テト攻勢はアメリカの敗北となった。

 死傷者の数、組織的な打撃は北ベトナムが大きかったが、戦争に勝利できないと国民に思われたアメリカは政治的な敗北を受けた。

 最もショックを受けたのは当時の大統領ジョンソンだろう。

 クロンカイトの発言でジョンソンは自分は国民の支持を失ったと悟り、その年の大統領選挙不出馬を宣言。

 その後の68年の大統領選挙では、ベトナム戦争から撤退を公約したニクソンが当選したことからも、ベトナムからアメリカが撤退したいのは明らかだった。


 日本も打撃を受けた。

 フォンニィ・フォンニャット村事件により日本国内の反戦運動が高まり、在ベトナム部隊は撤収。

 佐久田も部隊撤収を終えると、虐殺事件の責任をとるため辞任。

 勝手に撤収したことに対して西側の一部から日本を非難する声もあった。

 だがアメリカが日本に罪をなすりつけた罪悪感もあり、日本の撤退を認めたことで大きな反発はなかった。因みに韓国は軟弱となじり、鼻で笑っていた。


「米軍はベトナムから撤収できていませんね」


 だが、日本はベトナムから足抜け出来た。

 一方、撤退を望むアメリカはベトナムから撤収できていなかった。

 ニクソンが就任し、ベトナムからアメリカ軍を撤収しようとした。

 しかし、戦争相手であり交渉相手の北ベトナムの姿勢は強硬で戦闘は止まなかった。

 六九年九月に大戦前からベトナムの独立運動を指導していたホー・チ・ミンが死去したが、北ベトナムの独立、統一への意思は強く、北ベトナムは交戦を続けた。

 交戦相手を説得できなければ撤退などできないが、北ベトナムは講和交渉の席にすら現れない。結果、ニクソンが大統領二年になっても戦争は続いている。


 米軍兵力の撤退とベトナム化――南ベトナム軍を増強し、彼らに任せようとしていた。

 だが、南ベトナム軍の士気が低く、米軍の支援――地上軍ではなくベトナム周辺に展開するアメリカ海空軍の支援がなければ、あっという間に滅ぼされる事は明らかだった。

 どうにかして北ベトナムの勢いを抑える必要がある。

 だが、交渉の席にも着かない北ベトナムにアメリカは手を焼いていた。


「そこで、お二人に、いえ日本と満州国に、北ベトナムが交渉の席につくよう、説得するためにご協力を依頼したい」


「日本は今更、ベトナム戦争に参加する気はありませんよ」


「満州国も参戦する気はない」


 佐久田と北山は揃ってキッシンジャーの言葉を否定した。日本と満州帝国がベトナム戦争に参戦する可能性はない。

 一度撤収した日本は、虐殺行為の再来を恐れて、参戦したくない。

 満州国はそもそも東側陣営であり、北ベトナムを支援する立場だ。

 表向き中立だが、参戦しないことで支援できる。

 アメリカに付くのはあり得ない。

 北ベトナム側で参戦したら、東西の全面戦争の可能性があり、絶対に出来ない。


「理解しています。しかし日本には作戦に参加していただきたい」


「どうして?」


「停戦するためには兵力が足りません」


「でしょうね」


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