呼び出された佐久田
一体どういうことかと佐久田は不思議に思っていた。
今、佐久田は新京の大和ホテルにいる。
溥儀の死去に伴う国葬に参列するため、日本の派遣団の一員として訪れている。
それは問題ないし理解している。
しかし、何故か参列していたアメリカ派遣団に招待され、半ば強引に部屋に連れてこられていた。
「話はつまりませんか?」
黙り込んだ佐久田を招待した張本人が言う。
「いいえ、楽しんでいますよ。良い気分です」
気分が良いのは事実だ。
かつての敵国、それもホワイトハウスの人間が敗戦国の要人、かつての敵将を呼び寄せているのだから。
そして日本の地位が確実に向上していることを証明する事柄であり、自分達の計画が上手くいっている証拠だ。
自分が要人というのは、佐久田にとっておこがましい。
だが他から見れば事実なのだ。
だが同時に疑問に思う。
「何故自分なのですか? 日本政府の高官は他に多くいますよ。私のような辞任した人間など呼び寄せる必要など無いでしょう」
フォンニィ・フォンニャット村砲撃事件の廉で国防軍のトップとして責任を取ることになった。
それは、佐久田の軍人生活が終わったことを意味した。
いや、帝国海軍軍人佐久田は既に大戦終結と共に無くなった帝国海軍と共にいなくなった。
そのあと、海上警備隊、自衛隊と変遷していったが、軍人もどきだった。
自分が狙ったこととはいえ、軍人ではなくなった。
それでも軍隊もどきの中にいたのは、自分の計画の後始末をするためだ。
「いえ、十分に重要人物ですよ。内閣参与として入っているのですから」
「肩書きだけの閑職ですよ」
日本国防軍総司令官兼自衛隊統合幕僚長を辞任した佐久田だったが、マスコミの注目が他に移った頃合いで、内閣参与として内閣に入った。
表向きには、これまでの佐久田の知見を内閣で生かすためという建前だ。
だが全ては高木の差し金だった。
計画を無事遂行するために、内閣の内部で尽力するべく加わるためだ。
勿論、知られてはダメだ。
自分が呼ばれたということは相手が自分の正体を、計画を知っている可能性がある。
佐久田は、警戒心を強めた。
「話しても大丈夫ですよ。既に部下が、掃除を終えていますし」
掃除とは、盗聴器が無いか調べ、有ったら排除する、情報機関の隠語だ。
ソ連の影響を撥ね除けられるとはいえ、東側の真ん中である満州国の大和ホテルで、東側の高性能な盗聴器を排除できる要員をひきつれて来ることができる、などかなりの実力者である事を示している。
実際、注目される人物だ。
何しろ大統領に就任時に乞われてホワイトハウス入りした人物、それも国務長官、国防長官より先に指名されてのことだ。
そんなことはおくびにも出さず、その人物は話を続ける。
「閑職なら私も同じですよ。安全保障特別補佐官という不明な役職でNSCという小さな会議を任されています」
謙遜しているが、実態は違う。
彼はアメリカ大統領の直属の補佐官で、それも指名されて任命された人物だ。
そして厄介な人物だ。
役職も中々のものだ。
確かにNSC――国家安全保障会議は国務省と国防総省、アメリカの外交と軍事の調整を行うだけの小さな会議だった。
だが、その責任者となった彼は、就任してすぐに作り変えてしまった。
調整のため、を大統領の指示どおりに実行という名目で、両省への命令権を確保。
事実上、指揮下に置いていた。
法律、規則の項目を上手く使い、西側陣営盟主の外交と軍事、西側の力を手にしたも同然だった。
「私だけでは話が弾まないようですね」
つまらなそうに言うが、下手にいえば、日本の命脈に関わる人物がしゃべりかけている。
言質を取られないよう、佐久田は慎重な物言いになっていた。
しかし、相手も佐久田の行動を予測しており手は打っていた。
「ならば古いお知り合いをお呼びしましょう」
部屋の扉が開き、一人の人物が入ってきた。
「お久しぶりですね佐久田さん」
「太平洋戦争中以来でしょうか」
太平洋戦争中に話したことがあるのは公式記録にも書いてある。
不自然ではないが、計画については他に誰もいない。
やはり、危険な人物である事は確かだ。
佐久田と北山は警戒心を強めた。
しかし、佐久田は笑顔で答えた。
「再会させてくださりありがとうございます。ヘンリー・キッシンジャー安全保障特別補佐官」
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