溥儀の願い
「……はい?」
戸惑う北山に溥儀は話し続けた。
「朕は確かに無力だ。だが父祖の国を満州を維持したいという願いは本物だ。それを日本は、北山は叶えてくれた。それは感謝している。だが裏切ってしまったことを後悔している」
第二次大戦の末期、ソ連が進行している最中、満州国はソ連と単独講和し、日本を裏切って、ソ連の中国侵攻を助けた。
これは重大な裏切り行為であり、日本に満州を快く思っていない人間も多い。
「しかし、もし、あのとき、日本を裏切らなければ、満州国は崩壊しただろう。その意味で北山は恩人だ。感謝さえしている。それに土肥原や板垣のように満州国を搾取するつもりはないだろう」
満州国の国力が上がったこと、それが北山の成果である事は溥儀も承知している。
だからこそ、北山を信頼していた。
国力増強が日本の西側の脅威となり、日本の重要性が増すという目論見があるにせよ、満州国が発展し、民が豊かになったのは事実だ。
「そして、北山はまだ計画が残っており、満州国を必要としている。だからこそ北山は満州国を裏切らない」
溥儀もお人好しでは無かった。
北山の思惑を理解した上で頼んでいた。
自分と違って北山が若々しいのも、その計画を遂行するために、まだ突き進もうとする気力のために活力に満ちていたからだ。
「満州国をここまで引っ張り上げてくれたのだ。北山の国と言って良いだろう。最後に好きなようにしてくれ。まあそれでも北山は満州を悪いようには扱わないだろうと思っているから言えるのだが」
「愛新覚羅溥儀陛下」
自分の本心を言い当てられ理解し頼まれた北山は頭を下げて言った。
満州国は日本の為に利用させて貰った。だが使わせて貰った分の恩は必ず返す。それが北山が心に決めていたことだった。だからこそ満州を祖国と思い、日本と同じように愛情を注ぎ込み、発展に心血を注いだ。
それが日本の為になると信じていたし、事実そうなった。
それ以上に日本人として、他国だからといってないがしろにすることなど信義に反する。
だからこそ全力を注いだ。
それを溥儀は見抜き、感謝し、頼ろうとしている。
信頼に応えなければ日本人ではない。
「この北山、必ずや満州国を発展させ存続させます」
「ありがとう。溥傑にも言い聞かせておく」
溥儀には子供がおらず皇位継承は弟の溥傑となる。
「北山の好きなように」
「はい、必ずや」
「あと、私の我が儘だが一つ頼みたい」
「何でしょう」
「ベトナムの戦争を終わらせて欲しい。無辜の民が戦火にさらされるのは痛ましい。清朝末期、軍閥が跋扈し戦火に焼け出される民を思い出す」
「はっ……」
北山は答えたが言いよどんだ。
「北山、そう難しい顔をするな。朕が生きている内に出来ない事は承知している。だが北山ならやってくれると信じている。酷な願いだが」
「必ずや、やり遂げて見せます」
「うむ、下がって良い。邪魔をしたな」
そう言って溥儀は眠り込んだ。
北山は深々と頭を下げて、退室した。
暫くして、溥儀の逝去が知らされた。
71年4月の事だった。
溥儀に子供はいないため、弟の溥傑が予定通り第二代満州帝国皇帝として即位することが決まった。
そのことを聞かされた北山は、決意を新たにした。
「溥儀陛下、貴方は名君でした」
帝国軍人として祖国日本に忠誠を誓い、退役してもなお、いや日本の為に退役し事業を興した北山の愛国心は誰よりも強い。
二君に仕えずと決め、心では日本への忠誠を誓っていた。
だが、溥儀の名君としての素質を見いだし、願いを叶えようと心に決めた。
「生前に叶えられない北山をお許しください。貴方の願いを二つとも必ずや達成します」
勿論北山の決意は勝算あってのことだった。
ただ溥儀の前で誓えなかったのは、そのために溥儀の死が必要だったからだ。
そして、溥儀の死と共に、溥儀の願いは動き出した。
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