傀儡と呼ばれた皇帝
その男は、ベッドの上に横たわっていた。
部屋の装飾は満州族、旧清王朝の様式に準じたものだったが、周りの医療機器は東西両側で使われているものが使用されていた。
ベッドで横たわる男が君臨する国の立ち位置が一目で分かる光景だった。
そして、命の灯火が消えようとしていることも。
侍医から長時間の会話は無理と言われていたことからも、長くないことは分かっていた。
そんな人物に目通りを許される者も、この国で重要であることは明らかだった。
「お召しにより参上致しました」
「おお、北山か」
愛新覚羅溥儀は、死病に蝕まれる自分より年上にもかかわらず、姿勢の良く若々しい北山を見て羨ましそうな声を上げる。
主計科とはいえ海軍将校として任官。
第一次大戦で国のために事業を立ち上げ、太平洋戦争で日本がアメリカと一時的とはいえ互角に戦えるまでに国力を引き上げた男は違った。
そして、満州国、いや東側最大最高の企業体、北山企業集団を今なお率いる男だった。
産業規模としてはソ連の国営企業体が上だが、効率面、利益大きさでは北山の企業が上であり、東側陣営生産力の半分を支配していると言っても過言ではなかった。
品質も優れ、西側にも一部輸出されている。
だからこそ対価として西側の医療機器を購入。
溥儀に献上し延命に貢献する事が出来たのだ。
そして北山のみ残り他は下がるように、侍医や看護師はもちろん、侍従さえ下がらせ、二人きりになると本音を漏らし始めた。
「朕は最早長くないようだ」
「そのようなことは」
「いや、わかる。私の身体だ」
命数を悟り諦観した声を溥儀は漏らす。
「だからこそ、北山と本音で話したい」
「何でしょうか」
「朕を利用しているのだろう」
「そのような事は、私は満州の起業家として満州の為に……」
「嘘は良い。朕には分かるぞ。土肥原や板垣のように、北山が朕を利用しようとしているのは分かる」
満州国建国前、天津租界に隠れていた溥儀を土肥原賢二大佐及び板垣征四朗大佐(当時)が満州を日本の勢力に収めるために脱出させ、満州国を建国し溥儀を国家元首に仕立て上げた。
だがそれは、国際的に満州国を承認させ関東軍の傀儡にするためだった。
「まあ、それは致し方なかった」
溥儀は力なく、つぶやく。
「清王朝を復活させよう、せめて父祖の土地である満州を取り戻そう、と考えていても当時の無力な自分には出来ない。板垣と関東軍に頼ったのも、日本の力を使って満州に父祖の土地に国を作るためだ。だから傀儡である事は仕方なかった。反発したがな」
関東軍によって操られ日本の権益の為に使われる事に溥儀は不満だった。
しかし、皇帝となっても無力、日本の力が無ければ満州国が成立しないことも理解していた。
「北山にも良いように操られても仕方の無いことだ」
「そのような事はありません。私は満州国のために」
「いや、分かるぞ。満州国を日本に対して裏切らせたのは、日本の為なのだろう」
大戦末期、本土決戦のために骨抜きにされた関東軍を満州国軍は裏切り、武装解除した。そして、ソ連と単独講和し、その兵力を中国本土へ通過させた。
おかげで東側陣営に君主制のまま入ることが出来た。
「アメリカに占領され良いように操られるのが嫌だったのだろう。そのためにソ連の脅威を増すために満州国を裏切らせた。そして、東側を強くして、日本の価値を上げるために満州国を発展させた」
断言するように溥儀は言う。
北山は黙ったままだ。
「つまり満州は日本の為に北山に使われている。傀儡国家のままということだ。私は傀儡の皇帝というわけだ」
「……」
北山は黙って聞いていた。
お飾りであっても、政府の都合で退位させられても、傀儡と呼ばれ見下されても幼少から国の頂点に立つことを決められた人物。
決して暗愚ではなく、洞察力に優れていた。
「そんな朕が傀儡の主に一つ頼みがある」
黙ったままの北山に溥儀は言った。
「満州国を頼む」
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