臼淵の決断
「艦長! どうして!」
臼淵の証人喚問のあと、砂川は臼淵と会う機会ができた。
予定されていた臼淵たちへの証人喚問は無くなったため、臼淵がすべての責任を負ったから砂川たちが証人に立つ必要がないと国会、野党が判断したのだ。
砂川たちが臼淵のように何かをやらかすのではないか、と国会の与野党が恐れたためでもある。
だが、砂川は納得できず、失礼を承知で臼淵本人に問いただした。
「あのようなことを言ったのですか?」
「艦長は艦のすべてに責任がある」
臼淵は砂川を咎めず、淡々と話した。
「しかし、当時は負傷していて……」
「だからといって、艦長の責任が無くなるわけではない」
気負うことなく、自然体で臼淵は答えた。
「艦を被弾させる状況に追い込んだのも、指揮の混乱を生み、民間人の居住地域へ砲撃してしまったのも、すべては艦長に責任がある。そのために艦長はいるし、阻止する義務もある。私はそれを怠った。だから責任を取る。それだけのことだ」
「ですが……」
「それに私は責任がある。ミサイルの対策を怠った」
「ですが、それは初めての攻撃であり、仕方のないことです」
「いや、ミサイル攻撃への防御に対して真摯に考えなかったのは私の責任だ」
太平洋戦争前、航空機の対策をせよと実父に言われたとき、「そんなわけない」と笑って流した。だが、戦争中多大な損害を受けたことで、自分が間違っていたことを臼淵は思い知らされた。
二度と同じ過ちを繰り返すまいと思っていた。
しかし、ミサイルという新兵器の前に、再び判断を誤ってしまった。
対応する時間がなかったとはいえ、大和が被弾したのは事実であり、そこから臼淵は逃れるつもりはなかった。
「ミサイルは仕方ないとしても、そのあとの砲撃……艦長が汚名を……民間人虐殺の不名誉を負うなど……」
「いや、それこそ私が受けなければならない。虐殺した汚名は、実行させた私自身が悪人として背負わなければならない」
「ですが艦長、大和は沖縄を救ってくれた恩人です。そのような方が不名誉を負うなど……」
「私は恩人ではない……」
臼淵は泣き叫ぶような表情をした。
自分は沖縄を救っていない。
連合軍の進撃を許し、沖縄を戦場にしてしまった時点で、祖国を守ろうとして失敗していたのだ。
かといって、降伏して終わらせられるような状況でもなかった。
日本が比較的ましな状態で戦争を終えられたことは分かっている。
そのために沖縄を犠牲にし、条件が揃うまで戦争を続けたのは事実であり、自分もそれに加担し、一員として沖縄に向かったのは事実だ。
なのに、英雄として尊敬されることに違和感を覚え、戦場となった沖縄の人々、かつての教え子や疎開させた子供に会うのは、まるで彼の両親を殺しておいて恩師として現れるかのような気分だった。
もし自分が殺人鬼であれば、こんな気持ちにはならなかっただろうが、愛国心に燃え、純真だった臼淵にはあまりにも辛すぎた。
軍人としての誇りを持って接していたが、それでも耐えきれなかった。
「構わない。私はこの結果に深く感謝している」
だからこそ、今回の責任を背負うことにした。
ベトナムの人々はもちろん、守るべきだった沖縄の人々に対する責任だと考えていた。
公には言わず、退役しなかったのは、砂川たちに余計な負担を与え、彼らが抱いている思いを踏みにじることになるからだ。
「ですが、大和は……大和はどうなるのです!」
「それはお前が決めることだ。未来は、お前たち、若い世代のものだ。俺のような老害がのさばっていていいものではない」
「そのようなことはありません。分隊長、いえ、艦長から教わることはたくさんあります」
「ありがとう。だが、お前たちが未来へ進むことは確かだ。それも、自らの足で。私のような人間に指導されることなく、な」
「艦長……」
「大和を、日本を頼むぞ」
「艦長……」
「いや、酷なことは分かっている。自分の重荷をお前に押しつけようとしていることは分かっている」
そう言い残し、臼淵は国会、そして海自を去っていった。
その後の国会では、ベトナム参戦についての議論が行われ、大和による民間人砲撃行為もあって批判が集中した。
日本はベトナムより撤退することを宣言し、その年のうちに撤退を開始。68年末にはすべての部隊が撤退した。
日本は撤退したが、ベトナム戦争は終わりを見せなかった。
その年にアポロ11号が月面に降り立ち、人類は史上初めて他の天体に足跡を残したが、母なる地球での争いをやめることは出来なかった。
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