武蔵の警告
「武蔵より通信です」
「本艦宛か?」
「はい、国際チャンネルで放送しています」
周囲に――いや、世界中に聞こえるようにわざとオープンチャンネルで流している。
何か企んでいると臼淵は見抜いた。
「スピーカーに流せ」
「はい」
『戦艦大和に告げる』
武蔵艦長の声が大和に響いた。
『こちらは日本人民共和国海軍戦艦「解放」。直ちに砲撃を止められたし』
武蔵、いや「解放」の明確な戦闘への介入と停止命令に艦内は一瞬、沸き立った。実質的に主敵と見なされる北の言うことを、大和がそう簡単に聞き入れるわけにはいかない。
だが、次の言葉が乗員たちの意思を挫いた。
『大和の射撃は民間人居住区に対する国際法違反の攻撃であり、信義なき行為である』
大和の砲撃が民間人の居住区域を攻撃したのは事実だった。
『止めなければ、民間人保護のため「解放」は実力を以て阻止する』
強い口調ではあったが、反論できなかった。自分たちはベトナムの村をひとつ破壊してしまったのだ。
「武蔵! 主砲旋回中! 本艦に指向!」
見張員の報告に艦内は動揺した。衝撃的な事実に対して混乱が広がった。
「砲撃戦用意! 目標――」
「待て!」
だが臼淵艦長のけが人とは思えない一喝で動きが止まった。
「しかし艦長! このままでは砲撃を受けます!」
「その前に確かめろ。見張員! 武蔵の射撃指揮所はどうか? 動いているか?」
「……いいえ、動いていません。定位置のままです」
兜の角のような特徴的な射撃指揮所、その測距儀が動いていない。
敵艦までの距離を測るため、必要な情報を得るために砲撃準備の時は必ず敵艦に向けられる。
それが動いていないということは、武蔵が本気ではないということだ。
「こちらを挑発しているのか」
もし、大和が発砲すれば、正当防衛を主張して武蔵は反撃するだろう。
万が一負けても、大和の虐殺行為を止めたという功績を大きく報道し、大和の名誉と西側の権威を失墜させることができる。
「上手く考えているな」
臼淵は武蔵の意図を読み取って乗員を制止したのだ。
「だが、このまま大人しくするのも癪だ」
しかし、一方的に屈するつもりもない。
「武蔵に返信。本艦は現在戦闘中。また貴艦が本艦に命じる権限なし。砲口を向けるのであれば我も防護のための処置を講じる」
大和の砲撃の是非には触れず、武蔵が主砲を向けてきたから主砲を向けると宣言した。
「主砲旋回! 目標武蔵! ただし、射撃指揮所は動かすな!」
「了解! 主砲旋回! 武蔵に照準を合わせろ! 射撃指揮所は動かすな!」
艦長の命令を受けて砂川が指示を出した。武蔵と同様の行動を取り、同じ考えであることを示す。
「油断するな。万が一の時を考えて準備しろ」
「はっ」
もちろん、万が一の交戦にも備えて準備をする。
射撃指揮所の測距儀や射撃レーダーは使えない。
だが、航海用レーダー、砲側照準器、ソナーなど精度は低いが、射撃に必要なデータをそれぞれ出すことはできるし、突き合わせれば精度が増す。
「武蔵! 本艦の左舷側を通ります!」
「武蔵から艦載ヘリの発進を確認」
「こちらもヘリを出すんだ」
「はい!」
弾着観測用に航空機を出すのがセオリーだ。
第二次世界大戦から続く手段だが、通信技術と航空機用索敵機器の発達により1968年時点ではさらに有効性が増している。
互いに主砲を突きつけ合い、反航戦で向かい合う。
「武蔵、真横を通過します」
最も接近する距離に近付いてきた。
万が一の発砲に備えた。相手が打ったら打つ。
しかし、撃たれる前に撃破したいという誘惑が恐怖を肥料に育てる。
「まだ撃つな」
だが臼淵の制止が恐怖心を刈り取った。
泰然とする艦長の声に、全員が落ち着きを取り戻した。
やがて武蔵は通り過ぎ、大和の後方へ抜けていった。
「武蔵、本艦の射程外に出ました」
「砲撃戦用意止め」
艦長の号令に乗員はほっとした。
主砲も定位置に戻り、艦内は落ち着きを取り戻した。
「損傷を直すため、沖合へ移動する。艦を反転させろ」
「はいっ!」
「あとは任せる。俺は怪我の治療に専念する。なに、上手くいく」
臼淵は笑って言うと部屋を出ていった。
砂川は、艦長の言葉の意味が分からなかった。
その意味を理解したとき、砂川は自身に激しく嫌悪を抱くことになる。
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