レッドサムライ

「分隊長! いえ艦長!」


 砂川の前に現れたのは臼淵艦長だった。

 だが、被弾時の負傷が激しく各所を包帯で巻かれ血が滲んでいる。


「お怪我はよろしいのですか」


「砲撃が気になったから来た。砲撃中止だ」


「しかし再び敵の新兵器の攻撃を受ける危険が」


 大和も艦長も攻撃を受けるのは耐えがたい。

 だが、艦長は叱ることなく、落ち着いて、笑みを浮かべて命じる。


「あの程度で大和は沈まん。何発撃たれても平気だ」


「ですが」


 確かに大和は砲撃を受けてもびくともしていない。

 しかし、敬愛する艦長を大和を傷つける存在を砂川は許せなかった。


「艦長命令だ」


「は、はいっ! 砲撃中止っ!」


 負傷しているにもかかわらず有無を言わせぬ臼淵の命令が下り、砂川は大声で部下に命じた。

 すぐに部下達は反応し、発砲状態で待機する。


「もはや砲撃は不要だ沖合へ針路を変更する」


「艦長、レッドサムライが接近してきます」


報告を受けた後、臼淵は少し考えてから命じた。


「先程の命令は取り消し、針路そのまま」


「はっ!」


「私は艦橋へ上がる」


「しかし」


 負傷した身体で艦橋に上がるのは無茶に思えた

 しかし、臼淵は心配する周囲の部下に笑みを浮かべて言う。


「艦長は艦の顔だ、ここで出なければ、臆病者だ」


 それでも反論しようとしたが、笑みの中にも鋭い眼光を放つ臼淵の迫力に誰も否とは言えなかった。


「砂川、付いてこい」


「はい」


 臼淵に続いて砂川は、艦橋へ向かった。

 先程の戦闘と損傷でエレベーターの安全装置が作動し、使えないため臼淵もタラップを駆け上がることになる。

 しかし、負傷しているとは思えないほど臼淵の動きは軽やかだった。

 そして第一艦橋に登ると、レッドサムライが目の前にいた。

 幅広の船体に天に向かって突き出た艦橋。

 舷側には多数のソ連製火砲が取り付けられ、無数のアンテナが突き出ている。

 新造時の姿からは変わっていたが、艦橋の禹から兜の角のように突き出た15m測距儀。

 そして三連装46サンチ砲は変わらない。


「武蔵、いえレッドサムライを視認しました」


 そしてかつて帝国であった頃の戦艦であり、なじみ深い相手だ。

 見張員が間違えたのも仕方ない。


「艦長了解。艦長も武蔵を視認した」


 なので臼淵は叱ることなく、自分も武蔵と言って不問にした。

 いや、<解放>という名前が気に入らない。

 大和の同型艦でありながら、南北に分かれたため、互いに相対する存在となった妹との再会であり、左の人間が自己満足で付けた名前など口にしたくなかった。




 武蔵が、ベトナム沖に派遣されたのは当然北ベトナムを支援するためだ。

 勿論、大和のように艦砲射撃を行わない。

 牽制のために、やってきている。

 だが生半可な存在感ではなかった。

 武蔵がベトナム近海に入ってきただけで米軍は攻撃を手控えていた。

 かつての戦争で、米軍の戦艦、空母を次々と撃沈したことがトラウマとして、68年当時も残っていたからだ。

 実際、アメリカ軍は海上封鎖を行っていたが、キューバのように徹底したものではなかった。

 武蔵が護衛した船団をスルーした事から武蔵を恐れたと、東西両陣営で囁かれたほどだ。

 ジョンソン大統領をはじめとするホワイトハウスが東側を刺激したくないからというのが大きな理由だったが、武蔵の存在も一因である事は間違いなかった。

 そのため北ベトナム最大の貿易港ハイフォン港は東側の船団が多数入港し、北ベトナムへ援助物資を提供していた。

 当然それらの物資はホー・チ・ミンルート経由でベトコンに渡されて戦争が長引く原因となった。

 だが止めようにも、東側所属艦艇で最も米艦艇を沈めた武蔵を止める事など、封鎖を行う駆逐艦や巡洋艦に出来る事ではなかった。

 また、時折武蔵は航行の自由を根拠に、艦砲射撃中の米軍艦艇の射線に割り込む行動をとり、ベトコンへの艦砲射撃を邪魔した。

 しばし武蔵の行動がしばし中断したのは、定期整備のためドック入りで北日本に戻っていたからだ。

 その整備も終わり久方ぶりのベトナム沖に登場した武蔵に大和に緊張が走った。

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