須加の制止
「大尉、通信が入っています」
発砲を命じようとしたとき、通信員が遮った。
「飛行隊からの自慢か」
射撃命令を出そうとして止められたことに砂川は内心むっとしたが、気持ちを抑えて尋ねる。
「いいえ、海兵連隊です」
「支援要請か」
「違います。射撃中止要請です」
「米軍からの要請だぞ」
ベトナム派遣軍司令部に連なる司令部からの命令であり、同じ日本の部隊でも横やりを入れるのは筋違いだ。
「受け入れられないと伝えろ」
「言いましたが、大尉を、その」
「何だ」
「罵倒しておりまして」
気まずく言う下士官の顔を見て砂川は自ら通信を受けた。
「こちら大和」
「砂川! 今すぐ攻撃を止めろ!」
レシーバーに須加の大声が響き、砂川は鼓膜を傷める。
痛みが引くのを待ち、尋ね帰した。
「静かに言え」
「お前が聞かないからだろう! 今すぐ砲撃を止めろ! 空爆もだ!」
「米軍からの支援要請だ」
「米軍じゃない! 砲撃要請しているのは韓国軍だ!」
「……なんだと」
「陸上部隊ではコールサインに英語を使うんだ。連中に騙されるな」
「だが支援要請は正式なものだぞ」
「止めろ! 連中、民間人の居住地域を砲撃目標に指定している!」
「……まさか」
民間人のいる地域へ砲撃するなど信じられなかった。
いや、噂は聞いていた。
しかし、左翼のタチの悪い、デマだと考えていた。
「韓国軍の連中、自分達の犯罪行為の証拠隠滅に射撃要請を出した可能性が高い! 俺たちにも加担させてもみ消そうとしている! 今すぐ砲撃を止めろ!」
「大尉、間もなく射撃位置に就きます」
「レッドサムライ接近。間もなく射線に入ります。射線に入れば射撃不能となります」
どうするべきか砂川は悩んだ。
米軍の要請を断るわけにはいかないし、潰さなければミサイルの脅威の可能性もある。
このまま攻撃して潰したい。
民間人を攻撃していると言っても飛翔体、ミサイルを隠すための擬装の可能性もある。
そして、大和が攻撃できるのは東側の艦が射線に入る前だけ。
まもなく射線に入ってきて砲撃不能になってしまう。
時間が刻々と限られていった。
「おい砂川! 映像チャンネルを開けろ! 今、うちの師団の偵察ヘリが現場を撮影して送ってきている!」
「回線開け!」
砂川が命じた直後、ブラウン管画面に海兵隊の偵察ヘリが送る映像が映し出された。
緑の大地に穿たれた無数のクレーター。
大和が砲撃して作り出す着弾痕であり、見慣れたものだ。
だが、その周りには、違うものが映っていた。
逃げ回り、泣き叫ぶ人々、そして民家の破片が散らばっている。
恐らく、大和によって消滅した家の一部だった。
最早、疑いようはなかった。
自分達が、大和の砲撃が民家を吹き飛ばしたのだ。
(なんてことだ……)
砂川は自分のした事に、いや大和の名誉、自分の憧れの艦の名前に自分が傷をつけてしまったことに激しい嫌悪感を抱いた。
「うえええっっっっ」
衝撃的な映像に耐えきれず部下の一人が、若い水兵が胃の内容物を戻した。
砂川も後悔と嫌悪感で吐き出しそうだった。
だが、彼のおかげで踏みとどまれた。
しかし、ショックで思考停止状態が続いてしまい、命令を下せなかった。
黙り込む砂川の背後から別の声がした。
「砲撃中止だ」
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