大和 VS ミサイル

「回避行動! 面舵五度!」


 報告を受けた臼淵艦長はすぐに回避命令を下した。

 エイラート事件の事は海自と海軍内部でも話題となっており、対抗手段が必要とされていた。

 しかし、対策を施すだけの時間がなく、大和はベトナムへ出撃した。

 臼淵も研究していたが、既存の対空回避で何とかするしか現状はないと判断し、対処することにしている。

 だから手はず通り、あて舵を行い、急速回避に備える。

 臼淵は陸上の方を見ていた。

 回避に最適なタイミングで舵を切るためだ。


「どこだ」


 だが低空の為、見つける事が出来ない。

 しかし、大和の前衛任務に就いたミサイル駆逐艦秋月が、五インチ砲を発砲。

 その噴煙の先を追いかけ、炸裂する空間を凝視した臼淵は見つけた。 


「あれか」


 ようやく水平線上に光が見えた。

 しかもどんどん近付いてくる。


「速い!」


 臼淵の誤算は接近速度だった。

 攻撃機の速度を五〇〇キロ程度と想定し行動していた。

 勿論、ミサイルが九〇〇キロ以上で接近している事は聞いていた。

 だが、これまでの訓練、回避行動の基本は太平洋戦争中、松田少将が定めた対空回避を基本にしており時速四〇〇キロ程度の雷撃機相手だ。

 勿論航空機の速度向上に合わせて、改定されていたが基本はそのままだった。

 秋月は発砲を続けるが、ミサイルを迎撃出来ない。


「面舵一杯!」


 それでも臼淵は最高のタイミングで回避を命じ成功したかに思えた。

 航空機、雷撃機相手ならば。

 しかし、相手はミサイルだった。

 丁度、ミサイルに向かって航行中だった大和は、ミサイルの射線を回避する為、右に舵を切った。

 そのため、ミサイルに腹を見せる格好になった。

 直後P15のレーダーが作動。

 一基はレーダー故障により誤信号を出し続けて誘導が狂い墜落した。

 だが残り三基は正常に作動。

 プログラム通り最大の反射面積を持つ物体、艦隊で一番大きい上、回避運動で横腹を見せ反射面積を急激に増大させた大和に突っ込んでいった。


「目標! 針路を変えて向かってくる!」


「対空砲火! 放て!」


 左舷側の対空機関銃が放たれた。

 しかし、足りなかった。

 近接信管の配備により機銃の搭載数が減少していた。

 航空機対策に増備していたが、重量の増加と、乗員の増大をもたらしたため、近接信管による防空力増大と共に減らされた。

 志願制による人員減少も機銃配置の人員不足に拍車をかけ、機銃の数が減っていた。

 そして、代替手段であるはずの近接信管も、海面すれすれを飛行するミサイルに当たる前に、海面反射を捉えてしまい自爆する砲弾が相次いだ。

 残ったのは少なくなった近接火器の機銃だ。

 決められたとおり弾幕を張り、寄せ付けない。

 だが、攻撃機より小さいミサイルを当てるのは困難だった。

もとより攻撃を妨害する、弾幕の雨で攻撃機のパイロットに恐怖を覚えさせ退避運動を強要するためのものだ。

 心のないミサイルはプログラム通り、弾幕の中を大和に向かって突進する。

 絶望的な対空防御の中、機銃弾の一発が一基のミサイルに命中し撃墜。

 威力を示した。

 だが、それで終わりだった。

 残りの二基が大和に突入した。

 最初の一発は、司令塔に命中した。

 時速九〇〇キロで突入したP15は四五四キロの内蔵弾頭を炸裂させた。

 だがここは大和〇の中でも最も分厚い五〇〇ミリの装甲で覆われている。

 大和の主砲でさえ破壊不能とされており、撃ち抜くことは出来なかった。


「周囲に火災発生するものの、損害軽微」


 報告を受けて艦橋の中は一瞬安堵に包まれる。

 流石大和型と改めて誇らしくなる。


「二発目来ます!」


 そして五秒遅れて煙突真下の高角砲甲板、四番五インチ両用砲に命中した。

 衝撃は少なく、被害は少ないと考えられた。


「左舷大火災発生!」


「何だと」


 だから火災の報告を受けて誰もが驚いた。

 誤報かと思ったが、黒い煙と焦げ臭い匂いが、航海艦橋まで届いて、事実である事に戸惑った。

 臼淵さえ、動揺し飛び出した。

 艦橋のウィングから見ると左舷が紅蓮の炎に包まれ真っ黒な煙を吹き出している。


「どういうことだ」


 驚くがすぐに思い当たる報告を思いだした。

 幹部学校の高級課程でダメコンの講義を受けた時の戦例。

 米海軍空母が特攻機の攻撃を受けた時、大火災を起こし米本土に戻らなければならない大損害が発生した。

 火災の原因は爆弾では無く、機体に残っていた残存燃料。

 それが広がり大火災発生して損害を深刻なものにした。。

 本土に回航し修理する程の損害は爆弾では無く、火災だった。

 あのミサイルは、自力で飛んできた。

 燃料を積み込んでいたはずでありそれが広がった。


「ミサイルの燃料か」


 臼淵の推測は当たっていた。

 P15に残った液体ロケット燃料が散乱し大火災を起こしていた。

 しかもガソリンより燃えやすいため火の勢いは激しかった。

 消火班が駆けつけ放水するも、火勢は衰えない。

 そして、弾頭はまだ残っていた。

 信管不良により着弾しても弾頭は炸裂しなかった。

 しかし炎の高温であぶられた信管が発火温度に到達し、爆発。

 爆発の威力は激しく、艦橋のウィングまで到達し、そこにいた者をなぎ倒した。

 それは臼淵も例外ではなかった。

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