横流し

「敵襲!」


 須加はすぐにAKを構えて牽制射撃を行う。


「隊長! 味方では」


「違う! M16を装備したベトコンだ!」


 長年交戦していれば鹵獲兵器を装備していても不思議ではない。 

 と、言いたいところだが、南ベトナム軍の汚職は酷く、装備品の横流しは日常茶飯。

 ベトコンに直接売り付ける南ベトナム軍将兵もいるという。

 アメリカ軍でも問題になっているが、長期の戦争による士気低下により、米軍の下級士官や下士官も加わるようになり、更に酷くなっている。

 M16を持ったベトコンに撃たれる事など須加にとっては日常茶飯事だ。


「ここで打ち続けろ! 回り込む!」


「しかし、別部隊の区画ですが」


「そいつらは壊滅した!」


 このままだとベトコンの攻撃を側面から受けてしまい、損害が出る。

 せめてベトコンだけでも排除したい。


「俺たちで叩く! 続け!」


 須加は、先頭に立って駆け出した。

 クリアリングは無し。

 今は時間が惜しいし、既に米軍が制圧しているはず。

 罠や隠れる時間は少ないハズだ。

 奇襲されたらその時はその時だ。

 そして須加は勝負に勝った。


「撃てっ」


 攻撃を加えるベトコンの側面に射撃を浴びせ瓦解させた。


「突撃!」


 更に乱射しながら銃剣突撃を行い、ベトコンを制圧した。


「降伏しろ!」


 マガジンが空になった後ベトコンを前にして須加は迫る。


「こ、降伏する」


 須加の気迫に負けてベトコンは手を上げた。


「名前と階級は」


「グレン・ヴァン・レム少尉だ」


「よし、捕虜だ。部下も武装解除を」


「あ、ああ」


 レム少尉は言われた通り部下達に命じて武装解除を行わせた。

 その後、後方から米軍の部隊が追いついてきて交代――流石に日本軍が全滅する都おもって救援の為に差し向けたが、制圧したと聞いて驚いていた。

 須加は限界に達したと判断し、交代してショロン地区を出て行く。


「ホテルと大使館に医療チームと食料が送られたそうです」


「それは良かった」


 報告を聞いた須加は安堵する。

 これで食糧問題と負傷者の問題は片づいた。


「あと、撤収命令が出ています」


「ようやくか」


「はい、あと、目立つ行動をするな、報道に不要に似発言するな、と指示が出ています」


「そんな事していないぞ」


「じつは、休暇中の一等書記官が米軍のヘリで救出されたのですが、その直後、マスコミに米軍は民間人を殺しすぎていると発言して、米軍のお偉方がおかんむりになって日本に抗議したそうです。それで外務省の連中が厳重に叱責すると共に我々にも指示が」


「全く、とんだとばっちりだ」


 命がけで働いた直後に注意を、それも他人が原因の注意など聞かされてはたまったものではない。


「まあ、目的は達成されたし、これ以上戦闘に担ぎ出されることもないだろう」


 もとよりマスコミに答える気もないし、これ以上戦う必要は無い。

 米軍は交換条件を果たしてくれるからホテルの備蓄も十分になる。

 あとは余裕でゆっくり休養すれば良い。

 そのため少し考える余裕が出た。


「捕虜はどうしている?」


「それでしたらベトナム警察が連れて行きましたが」


「おいおい、俺たちが捕まえた捕虜だぞ」


 降伏とは自分の身柄を敵に差し出す、つまり須加達、日本に差し出したのだ。

 彼らを保護する義務が須加と日本にはあった。

 西欧の騎士の作法と同じで古風だが、国際法で決められている。


「俺たちの元に取り戻す」


 捕虜の管理を移動する正式な手続きを経ない限り、味方とはいえ南ベトナム警察に渡すことは、捕虜への背信、奴隷の売買に等しい。

 そんな不名誉など被りたくない。


「どこにいるんだ」


 須加は探し始めたがすぐに見つかった。

 大勢の警官とカメラを構えた記者に囲まれている。


「捕虜を見世物にするのは禁止だぞ」


 身体のみならず、精神と名誉も守るよう定められている。衆目の的にして傷つけるいじめのような行為など言語道断だ。

 憤りと共に須加は進んだがすぐに止まった。

 あり得ない光景を見たからだ。

 後ろ手に縛られ引き出されたレム少尉に、脇にいた腕を巻き上げた警察官、肩章から高官だと分かった。

 それがリボルバーを引き抜くとレムのこめかみに当てた。


「よせ!」


 止めようと駆け出した瞬間、男は引き金を引いた。

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