佐久田の反池田運動

 池田本人は議論に勝ったと意気揚々だったが、佐久田は本当に唖然としていた。

 あれほど間違った理屈を堂々と自信満々に言うことに怒りを通り越して呆然としたのだ。

 いかに頭脳明晰で直言居士な佐久田でもあれほどの暴論、いや相手の頭の悪さでは反論する気力も出ない。

 ここまで呆然としたのは愛宕の若手士官が自分の短刀を無くして、代わりに自分の祖父、世界的海軍提督の短刀を持ち出したことが判明した時だけだ。

 いくら冷静な佐久田でも海軍軍人であり、自ら志願して海兵に入った。

 それだけに海軍への愛着は強い。

 歴史的遺物といえる短刀を前にして思考が停止したのも仕方ない。

 それと同じ衝撃を、池田を前にして逆方向に受けた。

 しかも大和の廃艦を言いだしており、決して許すことは出来ない。

 アメリカの国防費を削減したマクナマラに例える言説――池田自身も「彼は私がやり方買ったことをやっていると」と述べという証言がある――がある。

 だが国防費を効率的に使おうとマクナマラと削減ありきで減らすために現実を無視して兵力を決定し削減するという池田のやり方は真反対だ。

 むしろ国情を無視して計画した八八艦隊――国家予算の半分が建造費になるという馬鹿げた計画と方向性は逆だが根は一緒だ。

 目的があってそのために必要な計算は出来るが、その結果についての想像力、答えの周りに与える影響について想像力が無い。

 通常戦力による防衛に失敗すれば、核を使う以外に抵抗手段がなくなることを池田は理解していなかった。

 これでは核戦争を、日本が自らを守る為にアメリカに核攻撃を頼むという最悪のストーリーで誘発しかねない。

 いや、その前に抵抗手段がない、といって日本政府は東側に降伏するだろう。

 そうなれば、日本は破滅だ。

 そして、その時池田は「他に方法はないのでしょうが無いですよ」といって責任を回避するだろう。

 既に50年代の中頃には諜報活動により東側の状況、ソ連が同盟国に十分な資源を与える事が出来ない、のは分かっており、東側に組みしたら日本は飢餓に陥る。

 満州国が上手くやっていられるのは北山という奇跡の実業家がいるからだ。

 典型的な官僚である池田が真似できるはずがない。


 このような人物に国防に関わらせてはならない。


 それから佐久田は、徹底的に池田排除に動いた。

 高木の承諾もあり、伝統的に政治工作、外交の一部を担った海軍はこうした裏工作、気付かれずに密かに動くことになれていた。

 まずは、自衛隊の関係票を纏めた。

 極東戦争で規模を拡張し、従軍者が多くいたため彼らを固めた。

 また防衛産業、特に再度の戦争に備えて軍備を強化する中国と韓国から武器弾薬を受注している企業に兵力半減、受注減の脅威を説いた。

 海外の販路があるとはいえ、自国で採用されない兵器や装備が売れるはずがない。

 池田の方針に強烈に反対した。

 極東戦争により巨大化した軍需企業、防衛関連産業からの圧力と、彼らが上げる大量の利益。

 何より同盟国であり巨大な市場を持つアメリカの意向――日本には東アジアにおける有力な予備戦力となって貰いたい――という意見を前に池田も自説を撤回するしかなかった。

 こうして自衛隊は守られ国防軍が創設された。

 だが、なお防衛予算削減を優先する池田への佐久田の不信は決定的となる。

 陰に陽に池田を排除しようとするが、財務官僚出身で積極財政で好景気をもたらした池田の業績の前に、佐久田の力も及ばなかった。

 所得倍増計画を一応成功させていた池田。

 確かに所得、給与は倍になったが、物価も倍になり購買力はそのままだったが計画を達成した。

 そのような人物を国民も政界も追放することは無かった。

 佐久田も、国民世論が重要な事は分かっており、国民を敵にしないよう、これ以上は無理と判断し、それ以上の攻撃しなかった。

 池田も佐久田の妨害は理解していたが、東アジアの武器工場となり自動車に並ぶ産業となった防衛産業が背後にいては、佐久田を排除できなかった。

 自体が変わったのは60年代中頃、池田勇人のガンが進行してからだ。

 政務が難しくなるほど進行し、り退陣する際、佐久田は動き出し佐藤栄作を支援した。

 表で非核三原則を表明しながら裏でアメリカの核の傘による保証を取り付け、西ドイツと裏で核武装について協議する手腕を高く評価していた。

 64年に中華人民共和国が原爆を開発するという事態を受けての対応であるが、迅速に裏でアメリカと交渉を行う佐藤の辣腕を佐久田は認めた。

 また日本の軍備に少なくとも池田よりまともな知識を持っていた。

 そのため佐久田は佐藤に協力し、池田の早期退陣と佐藤が総理に就任出来るよう手を貸した。

 結果、佐藤は総理となり、佐久田はその右腕として国防軍総司令官として日本の軍備整備に辣腕を振るった。

 不本意ながら参戦する事になったベトナム戦争でも戦争への的確な見通しと助言で佐藤の信頼を得ていた。


「戦局が悪化するのに兵力を出さなければならないのか」


 だが、佐久田の戦局悪化の予測と更なる増強の提言に佐藤は不信を抱いていた。


「米軍はかなり弱っています。ここで兵力を提供すれば日本の発言権は強化されます」

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