アメリカのベトナム本格介入

 トンキン湾事件によりベトナムへ本格介入したアメリカだったが、戦争の長期化と共に厭戦気分が広まっていた。

 当初熱狂的に支持していた国民も長引く戦争と、身内に出始めた戦争負傷者を前に反対を唱える声が広まっていた。

 徴兵忌避も増えており、兵力を維持するために基準の引き下げも行われていたが、兵隊の質が低下し、作戦遂行能力が低くなる悪循環も起きていた。

 それ以上に反戦運動の高まりで、ワシントンが戦場への規制、攻撃を制限する事が頻発し作戦遂行に支障を来している。

 戦車は壊せてもそれを修理したり生産する工場は住宅街に近いので攻撃禁止。

 航空機も飛んでいる時は撃墜してよし、だが地上に待機している機体は近くに民間の施設があるので誤爆の恐れがあり攻撃禁止。

 このように制限されていては、効果的な作戦など不可能だ。

 特に北ベトナムに対する北爆は反戦団体のデモにより中止に追い込まれている。

 ベトコンの最大の援助者である北ベトナムを破壊できないのでは火元に水をかけられない消防隊と同じ。

 火が勢いを増して行くに決まっている。


「米軍はこれ以上、兵力を出すことは出来ません。米軍の作戦遂行能力も低下しています。そしてベトコンは反撃を計画してます」


「米軍を低く評価しているようだが兵力は圧倒的ではないか。今日だな米軍に圧倒されている状況で劣勢のベトコンが攻撃に出る無謀ではないか?」


「だからこそ打って出る必要があります。ベトコンが健在であり、主役である事を証明しようとしています」


 南ベトナム民族解放戦線は北ベトナムの手先ではなく、南ベトナムの独自の組織だ。

 アメリカを敵に回しているため、支援おなめきたから援助を貰っているが、独立組織だ。

 南ベトナムを解放するのは自分達だと訴えており、北ベトナムに主導権を奪われまいとして、盛んに活動している。


「彼らは自分達が主役である事を示すために攻勢を望むでしょう」


「信じられないな」


「人は時として愚かな選択を選びます」


 太平洋戦争中、劣勢にもかかわらずマリアナ奪回という無謀な作戦に打って出た旧軍の事を佐久田は思いだした。

 国は違えど、やることは何処も同じだ。


「独裁傾向の強い東側諸国では主導権争いのために時に無謀な事を起こします。ジッとしていても粛正を受けるだけですから」


「北日本のようにか?」


「はい、北日本の様に」


 極東戦争後、北日本では戦争責任の所在を巡って内部闘争が起きた。

 開戦当時の首相、佐脇は軍部が無能だったため作戦を遂行できなかったと非難し、軍部は首相の指導が拙いため、敗北したと非難した。

 双方の非難合戦が最高潮に達した時、国家保安省長官桃畑がクーデターを決行し佐脇を拘束。

 人民広場で即決裁判を行い、徒に国民を死なせた罪で佐脇に有罪を言い渡し、機関砲による銃殺で文字通り、肉片にした。

 その後、桃畑は首相となり旧首相派を次々と拘束し処分。

 独裁体制を作り上げた。

 秘密警察による恐怖政治はすぐに崩壊すると予測する者もいたが、桃畑が経済の専門家を登用したり、満州国から援助を受けるなどの成果があり、北日本は成長軌道に乗っていた。

 そして十年以上経った今では、政権基盤は盤石なものになりつつあり独裁政権は長期間維持されようとしていた。


「北の脅威を撥ね除けるためにもベトナムに部隊を送り込んだら日本、北海道の防衛兵力が少なくなるではないか」


「その通りです。ですが、国の繁栄に必要な資源はベトナムの沖を通って日本にやってきます。その物資が寸断されることは避けなければなりません」


「それもそうだ」


 佐藤が同意したのは、自分の支持率が、池田時代より日本が成長しているからだ。

 所得倍増計画により日本人の給与は上がっている。

 同時に物価も上がっているが、GDPも上がっており、世界の中でも有数の経済大国になりつつある。

 諸外国から大量の資源を獲得することも可能になっており、国民の生活は豊かになっている。

 その生活を作り出す資源が輸入できなくなる、困難になるのは避けなければならない。


「さらにアメリカの言いなりになり続ける必要はありません。そのための強固な発言力を持つためにも日本がアメリカに対して誇れる戦果を上げなければ」


「そうだな」


 だが敗戦国である日本はアメリカに対して従属する立場にあり、これを何とかしなければならない。

 また日本の経済成長をアメリカは心良く思っていない。

 佐久田の言うとおり、ベトナムへ出兵するのはアメリカの不満を抑えるのに使える手だ。

 しかし、良いことばかりではない。


「アメリカだけでなく日本の国民もベトナム戦争に反対しているぞ」

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