池田の持論

 池田の発言に佐久田は黙った。

 驚いたのではなく、唖然としたのだ。


 海外で戦う事はなく、国内のみで戦うから半分の兵力で大丈夫だ。


 この数字馬鹿は軍事的常識がまるで欠落している。

 軍隊の本質、自己完結能力がなければ侵略どころか、防衛さえできないことを理解していない。

 まして戦時に民間人を戦場近くで活動させることなど許されるか。

 敵の攻撃に巻き込まれるし、敵が侵攻してきて制圧されて捕虜なれば、下手をすれば彼らは戦時国際法でゲリラとして処刑されかねない。

 勿論、民間の協力は必要だ。

 だが、戦場の近くでの活動は軍人でなければならない。

 国内であっても同じだし戦場になるなら民間人は避難させるべきだ。

 そもそも戦場まで物資を運んでくれる民間企業がいるのか。

 従業員の安全を守るという雇用主としての義務を放棄して支えてくれるとこの数字馬鹿は考えているのか。

 しかし、池田にそのような発想はなく、持論を述べまくる。


「佐久田さん、あなたの計画では一個師団当たり一万五千人、さらに後方にも同じ数を付けるようですね。ですが国内の活動であれば、大規模な支援部隊は必要ないので、これを半減できます。これで要求された陸上兵力は半分の一五万で済みます」


 佐久田が黙っているのを自分の言説に圧倒されていると思い込んで更に池田は喋る。


「航空戦力も減らしましょう。日本は防衛のみを考えているのですから、こんなに攻撃機を必要としてはいません。これも無くせば半減できます」


 反論しようとしたが、新たな頓珍漢な理論に佐久田は唖然として言葉が出なかった。

 陸上兵力が足りないので航空戦力で補おうとしているのだ。

 特に航空要員の育成は必要とされる技能が高く、時間がかかるため、予め大量に抱え込んでおく必要がある。

 そして航空機の基本は機動力と短時間に集中的に攻撃する事、いわば攻撃こそ航空戦力の本質だ。

 防衛であっても特定の戦線に集中させてこそ成果が上がる。そして陸上での戦闘に航空戦力は不可欠。

 そのことを池田は全く理解していない。


「戦闘機も減らしましょう。最近は対空ミサイルというモノが出来ていて戦闘機は不要でしょう。それに超音速を出せるようになっているので人間のパイロットでは撃墜は不可能。ならばミサイルを整備して防空戦闘の要にしましょう」


 半可通の言葉だった。

 確かに、防空ミサイルは開発されつつあるし超音速戦闘機も開発されている。

 しかし超音速を出せるのは一時的、離脱の時だけだ。戦闘中に超音速を出したら機動力が低下して的になるだけ。

 対空ミサイルも開発されているが、実用化にはほど遠い。

 それに対空ミサイルを配備しても防空網の穴はどうしても出来るので、機動的に兎運用できる戦闘機部隊は必要だ。

 なのに中途半端な知識から導いた結論を池田は臆面も無く答え、押しつけてくる。

 苦痛以外の何物でも無く、佐久田は怒りを堪えるだけで精一杯だ。

 だが池田は更に持論を唱える。


「海上兵力も過剰ですので減らしましょうう。東側の海軍兵力は減らされているのですから。航空戦力も防空のみで済ませましょう」


 佐久田は黙り続けた。

 耐えていたのではない、怒り狂って言葉が出なかったのだ。

 海上兵力を半分など不可能だ。

 確かに東側はスターリン死去後、スターリン批判もありスターリン時代に推し進められた大海軍建設は停止し、既存の大型艦の退役が進んでいた。


「陸軍国であるソ連に外洋海軍は不要。海軍など資本主義者の見世物に過ぎない」


 後継者のフルシチョフはそう言って海軍の兵力をソ連の防衛に必要な沿岸海軍にまで減らしている。

 海軍が金食い虫である事と重要な航路が少ないことも理由の一つだった。

 だが潜水艦は驚異的な勢いで建造されていた。

 二度の対潜で英国を滅亡の危機に陥らせ、太平洋戦争では日本も苦しめられた。

 資源を海外からの輸入に頼る日本にとってシーレーンの防衛は死活問題だ。

 その防衛戦力を減らそうと言うのは言語道断だ。

 なおも黙る佐久田にトドメの一撃を食らわせた。


「特に大和という戦艦はすぐにスクラップにしましょう。今は航空機の時代なんでしょう。射程が五十キロと短い艦では役に立たないでしょう。無用の長物に金など出せません」


 最後にこう言い放ち池田は去った。

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