水門橋
古土里は、山間部にある町で、日本海へ通じる峠への入り口となっていた。
ここは鴨緑江と日本海へ向かう水系に分かれる分水嶺であり、峠の高度が低く交通の要衝だ。
当然、軍事的にも重要で国連軍は海兵第一連隊を置いて守備にあたらせていた。
共産義勇軍の攻撃も古土里に行われていたが、国境から離れた場所のため派遣された兵力は少なかったのと、守備兵力が多かったために維持されている。
米海兵第五、第七海兵連隊が到着し、第一連隊と合流したことで米第一海兵師団の全兵力が集結した。
しかし、包囲下にある事に変わりはないし、撤退――後方への進撃をしなければならないのは事実だった。
「補給終了後、直ちに撤退する」
パットンは即断した。
中共軍の追撃が遅れている。
徒歩の中共軍と車両移動が中心の国連軍ではスピードが違う。
中共軍主力が追いつく前に、抜け出すことを決断した。
「この水門橋を直ぐに制圧するんだ」
峠を越えた先に架かる橋だ。
狭隘な山岳部で車両が通行可能な橋はここしかない。
重要拠点であり中共軍も攻撃し占領している。兵力が少なすぎて国連軍は守備兵力を置くことが出来ず占領されてしまった。
だが、満州から遠すぎるため中共軍も大兵力を送れず、水門橋を守る兵力は僅かだ。
国連軍はこれまで古土里を守るの精一杯だったが、今は十分な兵力があり、奪回し維持することも可能。
「突破するには今しかない!」
パットンの決断に反対する者はいなかった。
状況は全員分かっており直ぐに移動するのが正しい。
「直ちに攻撃し占領しろ」
パットンの命令で直ぐに部隊は水門橋に突進する。
水門橋を占領していた中共軍は撃破され国連軍が確保出来た。
だが、状況は悪かった。
「橋が落ちています!」
本格的な攻撃を受ければ撃退されることを分かっていた中共軍は早々に橋を爆破していた。
迅速に撤退したのも、橋を破壊したため、国連軍が渡れないと考えていたからだ。
だが、国連軍の主力は米軍だった。
「橋を直ぐに架橋しろ!」
各師団には架橋部隊が編成されている。
海兵師団も例外では無く、内陸への進撃は勿論、上陸地点で舟艇などが接岸しやすいように橋を桟橋代わりに出来るよう配備されている。
周囲の安全を確保すると直ちに架橋戦車が前進し橋が作られる。
橋が出来ると渡河が開始され、対岸へ向かっていく。
「渡河は順調です」
中共軍は兵力が少なく、攻撃を仕掛けて来ても少数で、撃退可能だった。
周辺も制圧し、安全は確保されており、渡河は順調に進んでいた。
「油断するな」
しかし、パットンの顔は晴れなかった。
「どうしました?」
幕僚の一人が尋ねた。
畏れ多かったが、何ら意見を述べないことを消極的と見なすパットンは、後日更迭の材料にする。
それ以前に補佐する幕僚、それも軍神に近いパットンを支える事が出来ないというレッテルが張られるのを嫌がり、疑念を解消するべく尋ねた。
「アレをどう思う?」
パットンが視線を向けた先は、国連軍の後方からやってくる避難民の列だった。
「仕方ありません。彼等は食糧を得る術がありません」
北朝鮮軍が撤退時に行った徴発、事実上の略奪により家財や食料を奪われていた。
国連軍の食糧支援で生き延びていたが、国連軍の撤退となれば、生きて行けない。
それに国連軍から食糧を得ていたとなれば、資本主義者の走狗としてどんな虐待を受けるか分からない。
付いてくるのも当然だった。
「だが、あの中に中共兵が私服で変装し一般市民を装って紛れ込んでいたとしたら」
「まさか、そんなことを……」
「第二次大戦中、中国軍は日本軍に対して行ったそうだ」
日本軍による住民虐殺は確かに存在する。
だが、それ以上に便衣兵、一般市民の服装で紛れ込み攻撃を仕掛けてくる例は沢山ある。
勿論、国際法違反であり、一般人を装って攻撃を仕掛けたら破壊工作員として捕まり、その場で処刑されても文句は言えない。
だが、一般人か偽装したスパイか写真だけでは判定できない。
一般人の服装に偽装した便衣兵を日本軍が処刑しているのか、一般人を虐殺しているのか判断できない。
それを利用して日本軍が住民を虐殺したと報道した例が多くあった。
パットンは占領軍司令官として幾人もの日本軍人と語り合い、彼等から戦訓を、中国軍の戦いを学んでいた。
パットンの指摘に、幕僚も青ざめた時、避難民の列から何かが放り投げられ、爆発した。
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