パク軍曹の災難 援朝抗美軍の奇襲

1950年10月25日 朝鮮半島北部 温井


「ううっ寒い」


 韓国陸軍第六師団第二連隊のパク軍曹は、身を震えさせた。

彼のいる温井は朝鮮半島北部。パク達は、そこまで進撃してきた。

 突然の開戦で、命からがら釜山まで逃げ込めたがそこで北朝鮮軍に包囲され、パクは軍に志願した。

 金持ちなら日本へ脱出することも出来ただろう。

 だが残念な事に貧乏人であるパクにそのような金はなく、日本に頼れるツテもなかった。

 命からがら逃げたため、着の身着のまま。

 食い扶持の当てもなく、やむなく軍隊に入った。

 北朝鮮軍に殺される可能性が高かったが、釜山に逃げ込んでいても、縮こまっていてはいずれ陥落し、北朝鮮に殺されるだろう。

 また大損害を受けた韓国軍がなりふり構わない徴兵、事実上の強制入隊を行っており、いつかは軍に入れられて仕舞う。

 ならば志願して少しでも待遇を良くしようと目論んだ。

 パクの目論見は当たった。

 国連軍の援助や物資が届き始めた頃で、前線の補給が良くなった。

 また大損害で優秀な下士官兵が少なくなったため、高校を卒業していたパクは直ぐに採用され一等兵に任命された。

 そして仁川上陸に続く、鎮南浦、元山への上陸作戦により、北朝鮮が分断され北朝鮮軍が動揺。

 前線が崩壊したところを狙ってウォーカー率いる第八軍が反撃を開始。

 北朝鮮の包囲網を瓦解させた。

 パクもこの作戦に参加し、戦功を上げて下士官に昇進した。

 李承晩は日本による半島の再侵略だと非難していたが、あのままだと釜山に押し込められたまま、壊滅していた。

 李大統領の考えはともかく、前線の将兵には福音であり、戦局を逆転させる機会を得た。

 お陰で、優位に戦えるしパクも昇進を得られた。

 その証拠に快進撃は続き、38度線を越えて北朝鮮を崩壊させられるところまで来た。

 パクも進撃中の働きが評価されて昇進したが、タダひたすら北朝鮮軍を追いかけて、鴨緑江へ向かって歩き続けるのはウンザリする。

 北朝鮮軍とドンパチするよりマシだが、早急に北朝鮮を制圧する為に毎日、歩兵の移動速度の限界に近い20キロ近く、歩かされるのは勘弁願いたい。

 補給がなければ絶対に無理だった。

 それでも整備された道を歩けるだけマシだ。

 敵の抵抗を迂回するため、山岳地帯をひたすら走った第七連隊はかなり疲弊しているらしい。

 鴨緑江に到達し、李大統領に鴨緑江の水を献上して褒め称えられたそうだが、今まででも十分な栄誉を得られただけでパクには十分だ。

 これ以上の栄転、そのための苦労などまっぴらごめんだった。

 願わくばこのまま北朝鮮が降伏して、戦争が終わり、故郷に帰りたい。

 戦火で崩壊しているだろうが、復興のための仕事などがあるはずだから食い扶持には困らないという計算もあった。

 他の仲間も同じ事を考えており、戦争はもうすぐ終わると思っていた。

 満州国や中国軍がやってくると言う噂や中国人の捕虜を得たという情報が入っていた。

 だが、少数の義勇軍が入っただけだと皆は考えていた。

 国境近くまで追い詰められた北朝鮮軍を助けるのは最早不可能。

 兵力を出しても負け戦であり、支援したという証拠と見栄を張るための言い訳のためだというのが連隊幹部や師団の判断であり、国連軍上層部も同様の考え方だった。

 パクも幾ら満州や共産中国が大国でも瀕死の北朝鮮を勝たせることは最早不可能だと思っている。

 共産中国の兵士を捕まえた時も、余計な手間をかけさせる、戦争が終わるまでの時間が延びた程度の感想しか、パク達は抱かなかった

 歩哨の任務を早く終えて、温かい待機所に戻ってマッコリを飲んで眠りたい。

 それがパクの願いだった。

 しかし、彼の願いは突如響いたラッパの音によって消え去った。


「何だ!」


 四方八方、周囲の山々からラッパの音が鳴り響くと共に、歓声が上がり、自分たちの陣地に向かってくる。

 更に迫撃砲の飛翔音が近づいてくるのを聞いてパクは大急ぎで近くの蛸壺へ文字通り飛び込んだ。同時に周囲に迫撃砲が炸裂し、爆音に包まれる。

 爆音が止んでも音は続いた。


「なんだこれは」


 けたたましい金属音が響く。

 銅鑼の音ということに気がつくのに少し時間が掛かった。

 そして大勢の駆け寄ってくる足音が地面から伝わる。

 恐る恐る顔を上げると、文字通り雲霞の如く、斜面を覆い尽くすように大勢の兵士が、パクに向かって突進してきていた。


「なんだこいつらは!」


 彼等は満中合同抗美援朝義勇軍。

 北朝鮮を支援するために派遣された満州国と共産中国の義勇軍だった。

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