万が一に備えて

 先の戦争の反省から軍人が政治に物を言うのは憚られる風潮だ。

 高木は官房長官だが元軍人ということで風当たりが強い。


「あと、清津と羅津はソ連に近すぎて偶発的な戦闘が予想されるから国連軍も行きたがらない。これ以上の進言は止めておけ」


 高木に言われ佐久田は黙り込んだ。

 軍人でありながら政治的発言をしたために先の大戦前、中国の最前線に飛ばされたのだ。


「ですが、今後を考えると重要な戦略的要所を確保する必要があるでしょう」


「それは日本政府や国連、米軍に任せろ。韓国と厄介な火種を抱えるのはまっぴらだ」


 純軍事的観点から言えば、佐久田の意見は正しい。

 メリットだけを見ていれば。

 佐久田が示した地域、特に清津周辺はソ連と満州に囲まれた場所だ。

 双方を監視する、牽制するには絶好の地点だが、同時に両国からの圧力を受けやすい。

 また朝鮮半島全土の領有を主張する韓国が日本に領土を奪われたと声高に抗議してくる可能性が高い。


「今でも十分厄介です。なら交渉材料や、黙り込ませるための持ち札としても良いでしょう。まあ向こうは気にしないでしょうが、反日の口実が出来たと喜ぶでしょう」


「止めてくれ、タダでさえ情勢、政府の立場は厳しいんだ。下手に部隊を残したら韓国への領土的野心があると思われる」


 ようやく講和がなり占領から抜け出した今、余計な火種を抱えたくないのが日本の本音だ。


「いまは部隊を撤退させろ」


「了解です」


 高木の意見に佐久田は受け入れ命令に従った。


「しかし、上手くいくかどうか」


「撤退がか?」


「いえ、半島の戦況です。北に行くにつれて戦線は広がりますから」


 朝鮮半島は北に行くほど大陸に近づくほど幅が広くなる。

 北方するに従い戦線の幅は広がり、兵力配置が薄くなってしまう。


「先ほども言いましたが、この状態で我々が抜ければ兵力は薄くなります。そこへ北の大規模攻撃が行われた場合、戦線が突破され瓦解する危険があります」


「国連軍に任せておけ。我々は半島を去るんだ」


「ですが彼らでもどうにもならない状況となったら。介入せずというわけには行かないでしょう」


「それもそうだな」


 朝鮮半島の戦局が再び逆転して全域が制圧されたら、対馬海峡が最前線となる。

 海を挟んでいるが、日本は圧力を受けることになる。

 今はまだ参戦していないがソ連海軍太平洋艦隊や急速に勢力を拡大している満州帝国海軍が南下してきたら脅威となる。

 対応策は考えておかなければならない。


「何か考えはあるのか?」


「大雑把ですが、国連軍が敗走した場合を考えております」


「物騒だな」


「他に危機的な状況などソ連参戦と原爆投下程度でしょう。こちらも考えてありますが」


「本当に物騒だな。だが考えておくべき事だ。それらを含めて考えておくんだ」


「了解しました」


 佐久田は、敬礼して命令を受領した。

 そして、どうやって撤退させるか具体案の策定に入った。

 撤退後、部隊は手が空くので他の作戦に投入出来る。

 特に膠着状態の稚内を制圧するのに使える。

 その後は樺太上陸作戦も敢行できる。

 もうすぐ冬になるため暖かくなる来年の春以降になる。

 樺太でソ連と直接国境を接するのは負担が大きいが、日本の統一のためにはひつような事だ。

 これで敗戦の負債を片付ける事が出来ると佐久田は考えていた。

 そのため、高木の表情に、昏い顔色に気がつかなかった。


 こうして朝鮮半島に展開した日本部隊は国連軍承諾の元、前線からの撤退を開始した。

 佐久田は西側、平壌周辺を確保していた部隊を鎮南浦へ集結させ九州へ撤退させた。

 東海岸の部隊は元山周辺に集め、北海道、まだ抵抗が続く稚内へ送り返した。

 そのため、国連軍は一時的に進撃が停止した。

 この状況で国連軍は満州義勇軍の攻撃を受けることになった。

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