日本政府による頭越しの命令

 上陸後、巡航ミサイル攻撃が収まった事、前線からの報告と、三カ国からの警告、三八度線を越えての軍事行動に恐れを抱いた日本政府の中では過激な主戦論は後退した。

 代わって派兵反対派の声が相対的に大きくなりつつあった。

 そのため日本政府は、派兵軍に進撃停止を命じた。

 だが、国連軍指揮下にある部隊を止めるには国連軍を通じて行う必要がある。

 しかし事態を楽観視する国連軍は日本政府の要請を受け付けなかった。

 だが、何としても停止したい日本政府は直接部隊に停止命令を出した。

 結果、派兵部隊は日本政府の命令を優先し、その場で停止。

 隣接する他国部隊が混乱し、国連軍の足を引っ張る結果となった。


「日本は国連の中で顰蹙を買っていますよ」


 事前通告もなしに戦闘行動中に停止、撤退を命じられてはたまらない。

 しかし、国連に派遣しているとはいえ、自国の部隊に政府が命令できないことも政府内では苛立たせた。

 一部の知識人は事実を知りながら、あるいは声高に自分の存在をアピールするため事実を無視して、かつての関東軍のように国連軍指揮下で進撃を続ける部隊を軍隊の暴走行為と非難した。

 また、新たに出来た軍隊をアメリカの傀儡部隊、傭兵、奴隷部隊だと北側が揶揄していた。

 この事実を否定するためにも、政府が指揮権があるように見せる必要があった。

 国内と北向けには面目を立てたがが、日本の国際的信用度を低下させる結果となった。

 日本の国連軍の中での評価も下がり、不信感を抱かれている。


「まあ、国連軍としても掃討戦となったこの段階で大部隊の撤退は歓迎したいのだろう」


 現在、朝鮮半島で活動する国連軍の補給路は、釜山から陸路自動車で運ぶだけだ。

 東海岸は港湾活動が再開しつつあるが、西側は潮位の変動が激しく、効率が悪い。

 日米韓の参加国の軍隊を維持するだけの物資を半島の先端から付け根まで輸送することは容易ではなく、負担軽減の為、部隊の縮小が話し合われていた。


「だが、これで撤退する口実が出来たな。半島の戦争から脚抜け出来る」


「たしかに」


 佐久田は高木の意見に同意した。

 稚内の北日本軍を放置したままだ。

 ここを占領するための兵力が新たに欲しいところだ。

 朝鮮半島の占領など馬鹿げている、戦略的要地、元山や興南、清津、羅津などの港を奪って、ソ連の監視拠点にする程度のとどめる。

 それが一番安上がりだと佐久田は確信していた。

 占領面積を増やしても維持管理の為のコストが大きくなりすぎる。

 重要な拠点、港湾施設などを抑えるに留め、陸海に睨みをきかせるのが海洋国家として正しい道だ。

 植民地獲得競争の末、国庫を空にしてしまい、先の大戦後独立されて国家財政が破綻したヨーロッパ各国の有様を見れば当然の結論だ。

 高木も同意見であり、故に命じた。


「半島の日本政府指揮下の部隊は直ちに撤退せよ。国連軍では承認されている」


 国連軍の中でも日本の行動と韓国の抗議、日本の部隊が米軍の傀儡、便利屋ではないことを占めるためにも日本部隊の半島からの撤退を許可していた。

 これ以上、勝手な行動をして厄介ごとを増やして欲しくないという考えもあり、体の良い厄介払いだ。

 北朝鮮が急速に瓦解しているという楽観的な要素もあり、撤退は許された。

 ただ、佐久田としては例外にしたい土地があった。


「元山や興南、清津、羅津の確保は?」


「それは国連軍に任せろ」


「重要拠点の確保は海洋国家の基本だと思いますが」


 衰退する英国すら、重要拠点であるスエズやジブラルタル、フォークランドを確保しようとしている。

 航路の確保に必要な場所は維持、確保するのが海洋戦略の基本だ。

 一見無駄に見える島々でも航路の要所という事はよくある。

 日本にとっては、朝鮮半島の付け根に近く天然の良港である元山、興南、清津、羅津だ。あるいは確保した興南も良い。

 ソ連に近く、監視する為に良いし、交易の拠点になる。

 そこから経済的に半島を支配した方が安上がりだ。

 しかし、高木は嫌な顔をして言う。


「それは政治の領域に入る。これ以上言うな」

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