日本部隊への撤退命令

「撤退ですか?」


 平壌が陥落し、韓国政府がソウルへ戻った一〇月二五日、佐久田は日本に一時帰国し、越中島で国連軍司令部と日本政府から連名で半島からの日本部隊への撤退命令を受けた。


「韓国政府からの要請で日本軍の撤退を求めてきた」


 警察予備隊司令部に赴いた高木が状況を説明する。


「間もなく北朝鮮は制圧できますよ」


「だからこそだ」


 釜山橋頭堡での苦しい戦いは終わり、進撃を行った国連軍の大部隊により北朝鮮の主力は消滅した。

 平壌も陥落し、あとは残りの北朝鮮の領域を占領すれば良いだけだ。


「韓国にとって日本軍の存在が疎ましいのだろう」


 李承晩は元山及び鎮南浦上陸で危機を救われたことを忘れて反日宣伝を再開した。

 むしろ日本の功績を否定するべく、朝鮮半島を再度支配する尖兵として直ちに撤退するように命じ、韓国軍に期日までに撤退しない場合日本軍を攻撃するとラジオで言っていた。


「自分たちで対処できると思っているようだ」


「ブラフでしょう。まだ北朝鮮は降伏しておらず、全土制圧も達成していません。彼等だけ、米韓だけで半島を制圧できますか」


「だが韓国大統領の言葉だ。愚か者でもその発言は韓国政府の公式見解となる」


 正式な命令ではなかったが、このような状況では日本軍を残すのは良い選択ではなかった。


「中国政府、国民党政権も日本の朝鮮半島駐留に疑義を生じ韓国政府に同調して、撤退するようにいっている」


「国民党政府が?」


 蒋介石率いる国民党は日本との関係が深い。

 GHQ黙認の元、むしろ資金援助により日本からの武器援助や日本人軍事顧問団のお陰で国民党を維持できている。

 刃向かうようには見えない。

 ここは朝鮮半島が日本による支配を受けるのを嫌がっているのだろうか。

 いや、李承晩との関係も悪い。

 対日関係が特に酷いだけで李承晩の評判は南中国でも悪い。

 唯一反共反日で意見が一致しているだけだ。

 ならば日本軍が撤退するとなれば何の効果があるのか。


「半島から撤退した日本軍が中国大陸の応援に来てくれる事を望んでいるのだ」


「状況は悪いのですか?」


「共産党を滅ぼしたいのが蒋介石の望みだ」


 シナ事変が起きた時も日本軍の侵略は皮膚病みたいなものだ、といって共産党の討伐を優先していたほどだ。

 日本軍を使ってでも滅ぼしたい。

 それは佐久田も同意だ。

 しかし問題は多い。


「撤退させた元凶の一人の元へ応援に行くと思っているのでしょうか?」


「日本軍の受け入れ先を用意するようだ。米国とも交渉済みだ」


 第二次大戦前も国民党は巧みに米国政治に介入し援助を取り付けた。

 今回も上手くやったようだ。

 米国としても、朝鮮半島や北海道のみならず、中国大陸まで戦線を広げたくない。

 日本軍が代わりにやってくれるのなら喜んで送り出そうというのだ。


「日本国内でも北朝鮮の発射基地を制圧したのだから半島への派兵は最早不要という意見が大きい」


「巡航ミサイルはどこからでも撃てますよ」


 実際、短距離型が北朝鮮の支配地域から発射され元山に撃ち込まれている。

 被害は大きくないが市民や兵士に被害が出ている。

 日本本土への攻撃も行われているが、発射基地を破壊した上、備蓄基地を制圧したため在庫、ランチャー共に数が少なくなったおかげで撃ってくる数は少ない。

 また、日本の防空網レーダーと通信体制の確立、対空砲の配備、迎撃戦闘機の配備が整備された結果、撃墜率は九割以上となり、被害はほぼ無くなった。


「我々の役目は全て終わったと言って良い」


「ですが上手くいきますか?」


「どういうことだ?」


「中国は広く、八年の戦争でも勝てませんでした。ソ連や満州の援助を受けている北中国を下すことは難しいでしょう」


 正規軍こそ出していないが、物資援助や義勇軍を送り出している。


「第二に、半島はまだ決着が付いていません」


「北朝鮮軍は壊滅しただろう」


「ですが北朝鮮を降伏させたわけではありません。それに朝鮮半島は大陸に行くにつれて横幅が広がります。兵力が分散します」


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