月尾島
9月15日 午前六時半。
この日一度目の満潮時刻に合わせて仁川上陸作戦が開始された。
朝の上陸目標は仁川西方にある月尾島。
仁川港の前方に位置し仁川港へ入る航路を全て火砲で制圧できる箇所である。
この事は国連軍も北朝鮮軍も理解しており、攻防が繰り広げられた。
十日より、空爆が行われ島は焼き払われ、上陸の前々日からは艦砲射撃も行われた。
そして満潮と共に満を持して上陸が開始された。
「韓国海兵隊! 出撃せよ!」
韓国軍上陸部隊
「いくぞ! 第一海兵連隊! 正義と自由のために!」
初代韓国海兵隊司令官であり、連隊長である申鉉俊大佐が、先頭を切ってグリーンビーチ――米軍が支援の主力のため米軍式に呼称された月尾島へ上陸、進撃を行った。
だがこれは罠だった。
上陸直後より月尾島にある無数の洞窟を使った洞窟陣地に潜んでいた北朝鮮軍一千名が反撃を開始。
さらに仁川にいた北朝鮮軍四千名が砲撃を行い援護する。
直ちに支援の空爆が行われるが、韓国軍が近すぎて誤射の可能性もあり、効果的な反撃は出来なかった。
また沖縄、硫黄島の戦例と同様、地下への有効な打撃を与えることは出来なかった。
防御側の優秀な陣地は、積極的な砲撃を行う事にも繋がった。
味方の損害を恐れることなく、仁川本土の北朝鮮軍は月尾島の上陸地点に砲撃を敢行。海岸から動けない韓国軍に大打撃を与えていた。
「損害続出です!」
報告を受けた白は頷くと命じた。
「迫撃砲と機関銃で銃座を牽制! 申を援護しろ!」
「通達せずに大丈夫ですか」
「大丈夫だ! 申なら援護に合わせて突進する!」
かつて満州国軍間島特設隊にいた時、申は機関銃迫撃砲中隊で一緒にいた。
抗日パルチザン討伐に何度も参加しており、互いの意思疎通は出来ている。
何を考えているか、何を求めているか互いに分かる。
援護すれば此方の意図を読み取って、動くはずだ。
実際、白の援護を受け、申は突進し、敵陣地を奪取した。
しかし、北朝鮮軍の陣地構築は巧妙で、相互に援護可能。
奪取した陣地に周囲から銃砲撃が加えられ、動けなくなってしまう。
「損害続出です」
幕僚の報告に白は頷いた。
当然の結果である。
防御を固めている場所に上陸など、無謀すぎた。
まして上陸すると宣言した場所の防備は固める。
余りにあからさまな李承晩の演説に欺瞞工作を疑って、北朝鮮軍が防備に手を緩める可能性を期待した。
だが、出来たばかりの北朝鮮軍でも重要な地点の防御を疎かにはしない。
月尾島に一個大隊、さらに仁川にも一個連隊、後方のソウルにも五千名からなる旅団が配備されていた。
釜山沖では機雷敷設も行われ、上陸と同時に河口から浮遊機雷を放ち、国連軍の邪魔をする。
北朝鮮軍の反撃が強く、作戦は予定通りに進まない。
「司令部からの返信は?」
白は釜山の本部に作戦中止、撤退を求めていた。
元より成功の見込みなど五〇〇〇分の一程度しかない作戦であり無謀だ。
作戦立案時点で却下されるような作戦である。
だが、釜山、李承晩の返答はこうだ。
「仁川へ万難を排して上陸せよとの事です」
撤退を進言しても拒まれる。
ならば、一つしか方法なはない。
白は頭を切り替えて命じた。
「今のうちに兵力を上陸させろ。全軍上陸だ」
一日二回の満潮にしか上陸できるチャンスはない。
ならば、短時間の内に兵力を送り込み、橋頭堡を確保し、奪わせるしかない。
白は第一師団の中から予備指定していた連隊に月尾島への上陸を命じた。
兵力を投入するしかない。
彼等も激しい攻撃を受けるがは月尾島内部への進撃を進める。
だが北朝鮮軍の抵抗は激しかった。
島の各所に設置された銃座と洞窟陣地が韓国軍を迎え撃つ。
損害が続出し、激しい銃撃を避けるべく、うつ伏せになって耐えるしかない。
韓国軍は海岸に押しとどめられてしまう。
だが白は厳命した。
「なんとしても月尾島を確保しろ」
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