仁川上陸開始

 九月一三日

 クロマイト作戦の前哨戦となる攻撃が開始された。朝鮮半島沿岸に配置された国連軍艦隊が各所への砲撃が行われた。

 平壌の海の玄関となる鎮南浦と元山に大規模な艦砲射撃が行われた。

 また、橋頭堡に近い烏山周辺や蔚山近くへも砲撃が行われ、前線への上陸作戦を示唆した。

 翌日も展開する機動部隊を中心に朝鮮半島の東西両海岸に攻撃が行われ、北朝鮮軍の移動を阻害した。


 そして九月一五日仁川への上陸作戦が敢行された。

 当初より李承晩が求めた韓国軍による、というより韓国軍のみの上陸が行われ月尾島へ上陸を開始する。


「作戦、開始されました」


「よろしい」


 作戦指揮官の白少将は頷いた。

 多富洞の戦いで北朝鮮軍を撃退した後、再編成の為に後退する事が許された。

 だが、釜山で増強された後、李承晩大統領直々に少将へ昇進の上、仁川上陸部隊司令官に任命されてしまう。

 反対したが、李承晩は頑なに実施を命じた。

 満州国軍でゲリラ掃討戦、ソ連軍空挺部隊への対処は経験していたが、上陸作戦などしたことはない。

 唯一、日本の陸軍士官学校留学時――開戦により留学制度の停止が決まりかけたが、土壇場で期間短縮に変更された――に戦訓教育で杭州湾上陸の講話、マレー上陸作戦の報告の分析などがあるだけだ。

 戦時中も米軍の上陸作戦を部隊で研究した事はあるが、実戦などした事がない。

 第一、揚陸のための装備など警備と陸上の防御を主任務とする――李承晩の暴走を恐れる米軍がそれ以上の事をさせてくれないため――韓国軍に与えてくれなかった。

 海軍の戦力など沿岸哨戒艇四隻と、掃海艇が七隻だけ。

 到底不可能で無謀な作戦であり、米軍がいなければ実行不能だ。

 米軍の協力も上陸作戦に必要な秘匿性、何時何処に上陸するかをすでに李承晩大統領が漏らしてしまっている。

 当然米軍は手を貸さず作戦は自然消滅すると白は考えた。

 だが、米軍は、協力を承諾した。

 上陸用舟艇を提供し、艦砲射撃と空母艦載機部隊による空爆で支援する約束までした。

 李承晩はこれで成功すると喜んでいたが、白は青ざめた。

 陸上側の防御がなされていた場合、多大な犠牲を出すことは太平洋戦争で証明済みだ。

 長い期間を使い、徹底した防御を施し、遂に米軍を撃退した硫黄島、長期持久をした沖縄を見ても明らかだ。

 簡単な防御でも、タラワ攻略戦や、ガダルカナルの戦いで日本がねばり強く戦い、米軍に出血を強いたことを見ても、困難であり、上陸側が多大な犠牲を出すことは分かる。

 訓練された海兵隊でさえ、こうなのだ。

 編成されたばかり、補充――殆どが元学生や避難民の兵士だけで出来るわけがない。

 先の多富洞の戦いでは、師団兵力八一〇〇名で二万人以上の北朝鮮軍を相手に戦い、六千近い損害を北朝鮮軍に与えた。だが白の第一師団も戦死二〇〇〇名、戦傷行方不明は合計七〇〇〇名という膨大な犠牲を出した。

 師団定数より多いのは戦いの最中に増援、補充があったのと、負傷兵も戦い、新たに負傷したからだ。

 このような状況では上陸作戦など無理だ。

 一応、上陸戦の演習を行ったが、一回のみ。

 しかも上陸に多大な時間が掛かってしまった。

 仁川は海岸のすぐ近くに市街地がある。

 防御側に有利、視界を遮る構造物、盾になる家屋や、防空壕になる強固な建築物が多数ある町を前に無防備な海上を突き進むなど自殺行為だ。

 これでは上手くいかない。


「演習での失敗を生かせば必ず成功する」


 だが李承晩は楽観的で実施を命じた。

 拒もうとしても聞き入れてくれなかった。

 延期するにしても時間が無い。

 釜山橋頭堡は陥落寸前。

米軍の増援がやって来ているが、押し返すには体勢不利だ。

 しかも、秋が……実りの秋が迫っている。

 北朝鮮からの補給が望めない北朝鮮軍は現地調達で軍を維持しており夏のため食糧調達も苦労している。

 だが秋になれば、田畑に農作物が実る。

 朝鮮半島の南側は北と違って豊かな田園地帯で米所だ。

 空梅雨で作柄は悪いが、前線の将兵を養う程度は得られる。

 北朝鮮軍が息を吹き返してしまう可能性がある。

 その可能性を除去するためにも、収穫期前、九月中に上陸作戦を実施して北朝鮮軍を南から叩き出さなければならない。

 以上の理由から迅速に実施が決定した。

 編成されたばかりの韓国軍海兵隊も指揮下に収めた第一師団は米軍の用意した揚陸艦部隊に乗り込み米軍機動部隊の援護の下、仁川上陸作戦が行われる。

 スケジュール上の都合で米海兵隊の上陸は遅れるとのことだった。

 それでも兵力は少ない。出来れば更に兵力が欲しいが、兵力のアテがあるのは日本軍だけ。反日の李承晩は日本の上陸さえ拒むだろう。

 できる限りの兵力を投入したいが、大統領に反対されては諦めるしかない。

 多大な制限と無謀で作られた作戦が上手くいってくれと白は願うしかなかった。

 命令が下れば実行するのが軍人である。

 無謀な命令でも実行しなければならなかった。

 例えどれどほどの犠牲が出ようと、優秀故に損害を正確に導き出し、悲劇が脳裏に浮かんでしまっても、白は命じなければならなかった。


「全部隊上陸せよ! 多大な犠牲を払っても完遂せよ」

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