総理官邸警備

「目黒南部区隊より報告! デモ隊およそ五千の勢いが強く支えきれません! 至急増援を!」


「予備なんてないぞ」


 トラック、戦後でも所有者が珍しく高価な車両の荷台に作られた高台、指揮台に居座る男が言った。

 警視庁の制服に警視の階級章を縫い付けた男は警視庁予備隊の隊長だ。

 戦前、警視庁特別警備隊の流れを汲む部隊だ。

 戦前は昭和の新撰組と呼ばれていたが戦後GHQに弾圧組織と見なされ解散を命令された。

 しかし治安状況の悪化と共に再編成が許され、復活した。

 当初、警視庁は戦前と同じく特別警備隊と名付けたかったが、戦前色が強いためか、負けを認めたくないのか、GHQが予備隊と名付けてはどうかと言ってきたことから予備隊と名付けられた。

 だが装備は相変わらず警棒だけだ。

 トラック改造の指揮車があてがわれただけでも昔よりマシだ。

 羽田で崩れた後すぐに予算が付いて改善されるわけではない。

 満身創痍の中、彼らは立ち向かうしかない。

 自分達が警視庁の最後の砦であるという自負の元、敢然と立ち向かう。

 しかし数の前にはなすすべがない。


「手持ちでどうにかするよう命じろ!」


「隊長! デモ隊の人数は減る様子がありません! 持ちこたえる事はほぼ不可能です」


「我慢しろ! 応援に中野の西部区隊がもうすぐ来る!」


「緊急! 西部区隊、新たなデモ隊と遭遇し乱戦になりました。駆けつけられません」


「台東の東部区隊が潰走! デモ隊が来ます!」


 阻止線を突破し勢いに乗るデモ隊が駆け寄ってくる。

 既に中央区隊も投入されており手一杯だ。


「騎馬係! 迎撃しろ」


 最後の虎の子、騎馬警官である騎馬係投入を決断した。


「突撃!」


 命令をを受け騎馬係はデモ隊に向かって突進した。

 騎馬は大人十人分の働きをされると言われている。

 軽自動車が全速で突っ込むようなものであり人間が束になっても、そうそう止められない。

 騎馬係はその能力を遺憾なく発揮し、突出したデモ隊の先頭を跳ね飛ばした後、デモ隊の中央に突進し分断する。


「良いぞ!」


 突入する騎馬係に分断されるデモ隊を見て予備隊隊長は喚声を上げた。

 デモ隊に多少負傷者が出たが、官邸への突入だけは阻止しなければならない。

 もし、突入されたら警視総監の首が飛ぶ。

 いや、革命が起こって政府が転覆しかねない。そうなったら自分達も革命の宣伝の為に公開処刑さえあり得る。

 流石にそこまでは行かないだろうが、その前に米軍が介入しかねない。

 他にも警視庁を蹴落とそうとする勢力は多い。

 そいつらが寄ってたかって攻撃してくる。

 ここは何としてもデモ隊を自分達だけで、警視庁の力で撃退し、官邸突入を阻止しなければならない。

 だからこそ騎馬係がデモ隊を蹴散らした時に喚声を上げた。

 だが、一瞬でしかなかった。

 デモ隊の中から火の付いた瓶が投げられ騎馬係の前で地面に落ちて砕け散り、炎が上がった。


「火炎瓶!」


 街頭警備の連中が不審物がないか見回っていたはずなのに見逃していた。

 しかも炎の色合いらからしてマグネシウムやナパームジェリーなど、炎の勢いを増す化学物質が混合されている。

 軍用だが昨今の戦争により日本国内の工場で充填作業の請負が行われている。

 左翼の連中が密かに抜き取ったり、工場が横流しして渡しているので手に入れやすい。

 だが警備の隙を突いて持ち込まれたのは問題だ。


「落ち着け!」


 炎に驚いた馬を騎馬係が落ちつけさせようとするが火に動揺して暴れる馬を抑える事は出来ず、中には振り落とされてしまった隊員もいる。

 馬はデモ隊の中を走り回るが、バラバラに動いていては最早散らすことは出来ない。

 デモ隊は、馬を避けた後、再び突進を始めた。


「阻止線の再構築を急げ!」


 後退し、再編成が出来た東部区隊が立ち向かう。

 人数は少ないが何とか持ちこたえられるはず。

 だが、そこへデモ隊の一部が鞄を放り投げた。

 放物線を描いた鞄は予備隊東部区隊阻止線に落ちると突如爆発した。


「投擲爆弾だと!」


 爆薬が詰まった爆弾を投げてきた。

 流石に危険であり隊員達が後退する。


「隊長! このままでは危険です! 一時後退を!」


「だが、官邸の前まで誰もいないぞ」


 本心を言えば、隊員達を危険に晒すわけにはいかない。

 だが、官邸も守り抜かなければならない。

 官邸だけではない。

 デモ隊は赤坂方面から来ている。

 後ろは坂になっており、そのまま勢いが付いたら下にある国会議事堂や霞ヶ関の官庁街へなだれ込む。

 何が起こるか想像したくない。

 しかし、打開策がなく時間が、ほんの数秒だが、ダイヤより貴重な時間が去ってゆく。

 そして遂に時間切れとなった。


「阻止線が突破されました!」


 部下の悲鳴と共にデモ隊が突入してきて指揮車に取り憑いた。


「突破させるな!」


 隊長は叫ぶが、止められる部下は最早いなかった。

 デモ隊は横に並ぶと力を合わせて指揮車を押し上げ横転させる。


「うわああっっっっ」


 隊長は悲鳴を上げたが、デモ隊の歓声の前にかき消された。

 安保条約粉砕、憲法護持のかけ声と共にデモ隊は官邸まで進んでいこうとした。

 だが無数のガス弾が飛来し、デモ隊の動きは止まった。

 催涙ガスの煙で咳き込み彼等は一時動きを止めた。

 涙でにじむ視界の中から、ガスの霧の向こうから人影が、いや赤い目を煌めかせた人型をした何かが迫ってきた。


 シュウーッコオッ


 足音は勿論、ガスマスクの弁の音まで一糸乱れず進んでくる集団にデモ隊は顔が引きつった。

 彼等は、特に幾度もデモ隊を指揮したプロの連中は彼等を、何度も自分たちのデモを打ち砕いてきた彼等の事を、先日、羽田のデモを制圧した彼等を知っていた。


「と、特機隊……」




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