憲法問題

 翌日の国会で騒動の原因となる条約批准を求める演説に対して左派からは、大きな非難の声を上げた。


「権力の弾圧! 虐殺だ!」


「特機隊の即時解体を求める!」


「対戦車兵器を繰り出して何が虐殺だ!」


「武器の不法所持だろう!」


「自衛のための処置だろうが」


 支離滅裂な言葉だったが、権力側の勝利、それも武力によって制圧、一方的な蹂躙だったため非難が強い。

 だが騒動の原因となった条約を批准するために総理が出席することとなった国会は荒れに荒れた。


「売国奴!」


「占領の永久化だ!」


「米軍の内政干渉を正当化する!」


「アメリカがいつでも日本を武力制圧できるではないか!」


「クロマイト作戦の参加にも反対だ」


「海外出兵は軍国主義に戻る第一歩!」


「軍部復活! 軍事独裁を許すな!」


「憲法違反九条違反だ!」


「到底納得できない!」


「条約承認は断固拒否する!」


「総理は辞任しろ!」


「内閣不信任決議案を採択しろ!」


 条約の調印さえ危ぶまれる事態となった。

 一番声が大きかったのは共産党だった。

 戦前から――非合法とはいえ唯一反戦を訴え、貫き通したため、国民に一定の支持があった。

 また、戦争に対する忌避感が国民の間にもまだ根強い。

 憲法第九条を盾に、条約の調印に反対。

 批准させないつもりだ。

 これを批准させるには憲法を改正させなければならない。

 過半数を与党が抑えているが、左派の野党は三分の一以上を占めている。

 憲法改正には三分の二以上が必要だ。

 内閣を袋小路に追い込もうと野党は考えていた。

 だが、総理には切り札があった。

 答弁に答える、いや、宣言をするべくすぐさま鳩山は総理席から立ち上がり登壇してマイクの前で言った。


「ハーグ陸戦条約第四三条に基づき、現憲法が現時点を以て無効であることを宣言します」


 鳩山の言葉に全員、議員も記者も官僚も唖然となった。


「ハーグ陸戦条約ってなに?」


 日本人の殆どは国際法などしらない。

 大急ぎで、条文を調べ、内容を確認すると、仰天した。


 ハーグ陸戦条約第四三条 占領地の法令尊重

 国の権力が事実上占領者の手に移った上は、占領者は絶対的な支障がない限り、占領地の現行法律を尊重して、なるべく公共の秩序及び生活を回復確保する為、施せる一切の手段を尽くさなければならない。


 簡単に言えば占領軍は、できる限り占領地の法令を変えてはなりません、という事。

 変更されても後日占領地の人々は変更を継続か否か選択することが出来る。

 実際、西ドイツも占領時代に憲法に相当する基本法を制定しているが、独立後に承認するかどうか、国民投票で決めることを明記していた。

 だが、日本の場合、国際法に疎かった、あるいは憲法の立ち位置を条約の上にするか下にするか決めていなかった。

 この曖昧さのため、鳩山の憲法停止宣言に有効性を持たせてしまった。




「とんでもない事を総理は宣言しましたね」


 国会での答弁の後、官邸に呼び出された佐久田は、高木に言った。

 この後に行われるクロマイト作戦への最終的な打ち合わせだったが、それどころではなかった。

 戦前から言動が異常だったり、数多の政党を出たり入ったりした異端者だ。

 戦後も、「原爆投下は戦争犯罪」といってGHQに睨まれ、戦前、倒閣運動で軍部に内閣打倒協力を求めた理由で公職追放を食らっていた。

 だが、


「アメリカ側は反発しませんか?」


「GHQは好意的だ」


「先の大戦を枢軸の軍事政権を打倒するために戦つというのがアメリカの大義名分だったはずでは? そのために憲法改正を迫ったと思うのですが」


 占領下での憲法制定、発布が条約違反であることをアメリカも承知している。

 それでも日本に求めたのは軍国主義を排する自らの大義名分を証明するため、日本が立ち上がれないようにするためだ。

 条約違反に関しては、日本が自主的に受け入れたことにする。

 拒否すればGHQの強権で受け入れさせれば良いだけ。

 パージの最中であり、拒絶したなら軍国主義者のレッテルを貼り、公職追放して社会的に終わらせる事は可能であった。

 しかし、極東戦争が全てを変えた。


「先の大戦に勝てたからな。だがそれは過去のことだ。今は極東の戦いが上手くいっていないので考えを改めるそうだ」

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