羽田空港のデモ
サンフランシスコ講和会議、講和条約の締結の報は日本全土で歓呼で迎えられた。
全面講和を主張し単独講和に不満を持つ一派もいてソ連など東側と条約が結ばれなかったことを批判した。
だが、大半の国民は講和条約、戦争の終結、国際社会への復帰、占領状態からの脱却を歓迎した。
いまだ北海道と半島で戦争が続いており、平和からはほど遠いが、あの忌まわしい本土空襲があった戦争に区切りが付いた、終わったことを人々は喜んだ。
しかし、直後に結ばれた日米安全保障条約と、この条約に基づくクロマイト作戦への参加が発表されると、反応が変わった。
安保条約の内容が発表され、米軍の駐留が続き、日本で内乱が起きた場合、米軍が制圧に出動できる項目があることが伝わると怒りとなり、激烈な反対運動が起こった。
「安保反対!」
「鳩山は辞職しろ!」
「不平等条約粉砕!」
「条約を締結させるな!」
外交団が羽田に帰還すると待っていたのは国民の罵声だった。
米軍の駐留を認め、場合によっては米軍によって日本国内で軍事行動が行われることを許す条約など、反発しか産まない。
ホワイトハウスから段階的な日本の対米輸出拡大を認める発表が出されていたが、半島へ戦争しに行くという話に比べれば扱いは小さく、日本国民の関心も少ない。
経済効果の実感など遅効性で、意識することなど少ない。
効果が現れるのは十年以上、後だろう。
だから目の前の厳しい現実と辛い近未来に国民は怒った。
「さもありなん」
随員の一人として降りた佐久田はその光景を見て肩を竦めた。
それでも必要な条約であろう事は認めざるを得ない。
そして、国民の反発を予想してか鳩山は姿勢を崩さず背筋を伸ばして飛行機から降りて進んでいく。
まるでポーツマス条約を結んで帰国した小村寿太郎のようだ。
この一点だけでも鳩山を佐久田は高く評価しており、進んでいく姿をしばし眺めていた。
「官邸へお送りします、こちらの車にどうぞ」
外交団に向かって警官の一人が伝えた。だが、佐久田は怪訝に思って尋ねた。
「ヘリで帰るんじゃないのか?」
「……警視庁が威信を賭けて護衛します」
「……ふん」
一瞬で佐久田はその理由を理解した。
規模の大きい警察だが、大半は自治体警察の横滑りで規模の割に予算が少なく現状維持で手一杯だ。
ヘリなどの新装備にかける予算などない。
一方警察予備隊は、良くも悪くも新組織で、ヘリを導入するのに苦労はあったがすんなりといった。
そのため、ヘリの導入数も実績、経験も警察予備隊が多い。
総理をヘリで運ぶとなれば、警察予備隊のヘリが担うことになる。
だが、それはこれまで総理警護をしてきた警察には面白くない。
沿道警備に問題があると捉えかねない。
一般市民にはどうでも良いことだし担当者としても、総理が無事に付けば良いのだ。
だが、警視庁自身は気にする。己の力の弱さを認めたくなくて、これまで通りの権力を成果を示すことが出来ない事を、認めたくなかった。
能力が無いとみられ新たな新組織に権限と予算を奪われたくない。
だから是が非でも総理を車で運ぼうとしているのだ。
「危険じゃないか」
「ご心配なら、ご自身だけヘリで移動されては」
「そうしよう」
佐久田は一人離れヘリポートに向かう。
一方の鳩山総理一行の車は都心の官邸へ向かった。
だが、直ぐにデモ隊に遭遇して車列が止まった。
条約に反対する民衆一万人ものデモ隊が集まり、空港からの道路を封鎖。
近くにあったトラックやバスを乗っ取り、橋の真ん中、総理の移動コースの途中で横倒しにして封鎖していた。
「速く、デモ隊を退けろ!」
警視庁予備隊隊長が喚くが部下の悲鳴しか返ってこない。
「ダメです人数が多すぎて統制不能です」
空港を出た途端、デモ隊に囲まれてしまった。
通常ならデモ隊の方が避けるだけだが、今回は違っていた。
デモ隊が橋の上を完全に塞ぎ、車列が動けなくなっている。
まるでメーデーのようだ。
総理の乗った車は装甲車で囲んで今のところ安全だが、阻止線を形成する予備隊は限界に近い。
「ここは増援を」
「空港警察から一個中隊要請しろ」
「拳銃の使用許可を」
「総理の前で死者なんか出せるか」
「では、他の部隊に要請を」
「ダメだ。連中に頼るなどダメだ」
予備隊隊長が叫んだ。
彼の視線の先、予備隊の後方、黒一色に染められた一群の装甲車が待機していた。
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