白善燁
突撃を命令されて将兵達は怯えた。
目の前にいるのは戦車を含む北朝鮮軍の三個師団だ。
兵力が少ない中、善戦しているのは地形と陣地に籠もっているからだ。
自分たちを守る陣地から出て突撃するなど無謀だ。
しかし退路に敵が現れた今、撃退しなければ後ろから攻撃されるし、味方からの補給も受けられない。
隣で戦う米軍さえ、撤退を主張している。
しかし、後退するだけの余地はない。
突撃しての奪回はもっともだが、強要されるのは下っ端である自分たちだ。
兵士の中には、彼を射殺して後退しようと考える者もいた。
しかし、彼は演説を続けた。
「貴官らは私の後ろに続け。もし私が退がるようなことがあれば、誰でも私を撃て」
冗談かと思ったが、彼の目を見た将兵は本気だと知った。
そこまで覚悟を決められたら、自分たちも覚悟を決めなくてはならない。
丁度そのとき、味方の砲撃が始まり、北朝鮮軍の陣地に砲撃の雨が降り注ぐ。
爆炎が踊る陣地をバックに彼は部下に叫んだ。
「さあ行こう! 最終弾とともに突入するのだ」
彼はそのまま、前を向いた。
どうしてこんなことになったのか、彼は自分でも分からない。
教員となる道もあったのに、母方の祖父が軍人だったため、せっかく得た教員の職を蹴って満州国まで行き軍人となって仕舞った。
後悔していたが、当然のこととして受け入れた。
彼は、白善燁は、根っからの軍人なのだ。
やがて最終弾が炸裂した。
「突撃!」
号令と共に、白は飛び出した。
これが朝鮮半島において唯一と言われる師団長の突撃だった。
白の後に続いて部下達も一斉に駆け出す。
砲撃で混乱した北朝鮮軍は、突然の韓国軍の逆襲に驚き、慌てるばかりだ。
無理もない。
北朝鮮軍がこれまでの快進撃で疲弊し、補充を韓国国内の徴集兵――後ろに機関銃装備の督戦隊を置いて突撃させるやり方でようやく軍としての体裁を整えていただけだったこともあり、蹴散らす事が出来た。
「北朝鮮軍は脆いぞ! 躊躇無く進め!」
白は更に勢いを付け、敵陣の中を駆ける。
その時、機関銃の掃射があった。
自分たちに向けられているにしてはまばらだった。
疑問は直ぐに解けた。
督戦隊の機銃射撃だ。
退却する味方に銃弾を浴びせている。
とんでもない連中だが利用させてもらう。
「あそこの機銃に集中射撃をしろ!」
直ぐに部下に命じて小銃を構えさせる。
「撃てっ」
合図と共に十数名がM1ガーランドを一斉に機銃に向かって撃った。
トリガーを引く度に小銃弾が放たれ降り注ぐ。
防盾により銃弾が防がれたが、効果は抜群だった。
味方を追い返すためにいる自分たちがまさか、敵に撃たれるとは思っていなかったようだ。
しかも十数名、それも半自動小銃――引き金を引くだけで弾が出るため高い発射能力を持つ
恐怖に駆られた督戦隊は、機銃を放棄して逃げ始めた。
元々士気の低い北朝鮮軍の退却も速度を増していく。
「好機到来だ! この機を逃すな! 突撃!」
白は部下達と共に前進を続けた。
作戦は見事に成功し、北朝鮮軍を撃退。高地を奪回した。
だが、この光景を見た米軍将校は感激し、韓国軍への信頼度が上がった。
しかし、韓国軍が危機に陥っていることにかわりは無かった。
戦局打開のための、作戦が新たな兵力が必要だった。
未だ包囲下があり、北朝鮮軍の陣地を奪取しても韓国軍の士気は低かった。
仕方なく白は、大声で言った。
「皆頑張るんだ! 間もなく仁川に上陸作戦が行われる。そうなれば戦局が逆転する」
韓国軍を土壇場で維持していたのは皮肉にも李承晩が唱えた仁川上陸作戦だった。
「そうだ仁川上陸作戦がある」
「成功すれば、我々は勝てるぞ!」
「あと一踏ん張りだ!」
それまで消沈していた将兵達の顔が明るくなり活気に満ちた。
見違えるようにキビキビと動き、北朝鮮軍の逆襲に備えて陣地を固め始めた。
それは良い光景だったが、言った白自身は作戦成功するとは思えない。
仁川の上陸に不向きな地形もそうだが、既に上陸作戦に必要な徹底的な秘匿を大統領が公言してしまった。
北朝鮮が待ち構えている中、上陸するなど、実行しても失敗すると考えていた。
ならばこの釜山橋頭堡の増強に使って欲しいが、そこは政治の分野だ。一軍人である自分が口出しするべきことではない。
「まあせいぜい士気を上げるのに使わせて貰おう」
行われるかどうか分からないが大統領の言った仁川上陸作戦だ。
せいぜい部下の士気向上に使わせて貰う。
実行される事はないだろうし、実行されたとしても、命じられた部隊が貧乏くじを引くだけだ。
自分はせいぜい、この場所でねばり強く戦うだけだ、と白は自分に言って聞かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます