暗殺日の偶然

 だが、<点検>はタダでは沈まなかった。

 撃沈される前に魚雷発射管から浮遊魚雷を多数発射。

 海流に乗り、東京湾湾口へ流れ、航行していた商船が触雷して沈没。

 犠牲の拡大を阻止するため、東京湾周辺の航路は閉鎖され、経済を麻痺させる事に成功した。


「これが一番の痛手です」


「だが、軍備の増強は上手くいくだろう。特にシーレーンの防衛が必要な事は理解されただろう」


「確かにその点は嬉しいですね」


 北日本の接近を許し吉田首相を暗殺されたため防備が不十分だという論調が高まり、それまでの軽武装方針から防衛計画を大きく転換。

 対潜哨戒部隊育成に重点をおいた重武装の計画が国会で通りつつある。

 実際、吉田首相を暗殺した攻撃機は低空を飛行して第二回収地点に行き待機していた潜水艦に回収され離脱した。

 南日本の防御が不十分である証拠の一つとして上げられ、更なる防衛の強化を求めた。


「見事な手腕ですね高木官房長官。総理が亡くなった後の手腕も見事だ」


 首相暗殺と閣僚の半分近くがなくなった襲撃だったが、東京に残っていた官房長官である高木が総理代行として指示を下した。

 同時に大物議員である鳩山一郎が総理になるように手を回して迅速に混乱を収拾。

 戦争を理由に挙国一致を掲げて革新勢力と合同を果たし、自由党と民主党が合併し自由民主党、自民党が出来上がった。

 国会の過半数を手にした保守は対北強固姿勢となった国民世論の後押しもあって新首相として鳩山一郎は無事に就任。

 戦時内閣が出来た。


「GHQが軍部と近いと言って外した人物をよく就任させる事が出来ましたね」


 鳩山は戦前、統帥権干犯問題を支持して軍部の台頭を招き、若槻内閣末期では当時陸軍の首脳だった永田や東條と接触し、倒閣運動を持ちかけた。

 このような行動から終戦直後の選挙で第一党となり首相指名を待つばかりだった時、GHQに軍国主義者と判断され指名直前に公職追放を言い渡された。

 事実上政治生命が終わり、鳩山は後継者に吉田を指名して政界を退いていた。

 しかし北日本の台頭により、日本の力を結集する必要が出てきて、鳩山に再び政界に戻ってもらうため、追放を解除。

 政界に復帰したが、軍備を進めようとする鳩山に対し再軍備に反対する吉田が邪魔をして首相とは慣れなかった。


「その分、軍部への理解も大きい。まあ、利用しているだけなのだろうがな。それに吉田以外では国民に人気があるし、政界を纏められる人材だ」


 新首相、鳩山の指導の下、講和会議は当初の予定通り、進む事となり、鳩山一郎は米軍機を乗り継いでサンフランシスコに向かうことになった。

 高木と佐久田は、羽田から出発する首相を見送りに来ていた。

 今、米軍が用意したDC6型旅客機、エアフォースワンとしても使われる戦後作られたベストセラー旅客機で中部太平洋を島伝いに行く予定だ。


「しかし、偶然にも程がありますね」


「どういうことだ?」


 疑問を投げかける佐久田に高木は尋ね返す。


「ほぼ同時刻、横須賀にいたニミッツ元帥は死亡せず、我が国の総理のみ死亡とは」


「横須賀に対する襲撃もあったが、対空防御により引き返したと、聞いているが」


「それが上手くいきすぎています。まして襲撃時が建設している防空壕の視察中で、死亡する事はなかったでしょう。また総理が大船へ、ニミッツ提督が横須賀へ行くという日程が重なるのは、偶然にしては出来すぎでは?」


「ニミッツ元帥が横須賀からの帰り視察中に吉田総理が駆けつけて会えるように調整していた」


「そうですか。しかし皮肉ですね。二人とも潜水艦による襲撃が行われやすい太平洋海岸近くに同時にいたというのは襲撃の機会が大きい。私なら同時に狙いますね」


「吉田総理を暗殺させるために、同時にニミッツ提督を横須賀に行かせることで誘発を狙ったと?」


「そう見えて仕方ありません。お陰で日本は軍備増強、戦争参加の方向へ舵を切りましたから」

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