吉田総理暗殺の成果

「今回の一件は高く付きますね」


 東京に打ち合わせで戻って来た佐久田は高木に先日の吉田首相暗殺にについて話題を振った。

 風の吹く屋外に立ち、二人は話す。

 寒かったが、盗聴を阻止するためでもあり致し方なかった。


「我々が本土防衛さえ出来る能力が無いことが判明してしまった」


「十分な予算がなかったからな。そこは君たちが気に病むことではない」


 高木は佐久田を宥めた。

 軽軍備を目指し、米軍に防衛を一任していたつけが回って来たのだ。

 極東戦争で米軍がいなくなった事もあり、本土の防衛に孔が空いていた。


「大した被害ではなかったのだからな」


「しかし、北日本はその能力を示しました。的確に目標を、日本全土何処でも襲撃する術がある事を示しました。万が一、司令部などを襲撃されたら」


「共産主義者の基本はテロだ。暗殺で自らの力を誇示できると思い込んでいる。一時的な混乱はあっても直ぐに立ち直れる」


「その通りですね。まったく馬鹿げています。そのような威圧など一時しのぎでしかない」


 シナ事変を中国戦線で戦い抜いた佐久田は吐き捨てるように言う。

 見せしめを行っても住民の反感を買って、さらに状況が悪化する様を何度も見てきた。


「ならば、今回も一時的な事に過ぎない」


 吉田総理暗殺に対する南日本の国民の反応は、怒りだった。

 卑怯な騙し討ちを行い、死に至らしめる非道な北日本。

 普段、北日本を擁護する人間でさえ、今回の事は口を閉ざしており擁護していない。

 北に不都合な人間は、北が殺そうと思えば殺しに来る。

 南の国民に、そう思わせてしまった。

 南日本国内に残っていた平和主義的な主張は、息を潜め、共産主義の脅威が大きく喧伝されることになってしまった。

 単独講和、ソ連を含めた東側を加える事無く、講和条約を進めようとする政府と西側政府のやり方に反発し抗議デモを行っていた国民も、静かになった。

 それどころか、出発する使節団を応援しに空港に数万人が駆けつける始末だ。


「講和特使万歳!」


「吉田総理の仇を!」


「北に屈するな!」


「日本に独立を! 脱占領!」


 国民は喜んでいた。

 占領状態から解放される、新総理が吉田総理の意思を継いでいる、と思っているからだ。

 予め講和の内容とその後の条約の内容を知っている佐久田にしてみれば、帰国した時、歓声が罵声に変わることが容易に想像できた。

 だが、さそれは政府に任せておけば良い。

 気になるのは吉田総理暗殺だ。


「ワシントン空襲、国務長官暗殺と同様のやり方だと言っている者もいますが」


「我々より、遙かに劣る計画性を褒め称えるとは、人を見る目がない」


 高木は五年前、太平洋戦争末期に伊四〇〇型によって実行されたワシントン空襲を思い出しながら言った。

 何とか講和を実現させるため、アメリカ政府内にいる強硬派を講和に反対する人間のみを排除する計画を練り上げた。

 その時は、作戦実行時のアメリカ国民の反応も考慮した。

 トルーマンのような、大統領という影響が大きい人物は、成否にかかわらず、日本への悪印象が強くなる。

 自分たちが選んだ大統領を殺すなどとんでもないという話に向いて仕舞いかねない。

 だが、国務長官なら政府内への影響力はあるが、国民の認知度は低く、反感は少ない、日本軍の能力への畏怖が大きいと判断した。

 下手をすれば、日本の脅威が喧伝され再び本土が破壊されない様、完全破壊するまで戦争を続けよ、という主張が出てきかねなかった。

 しかし、沖縄戦での損失と、さほど目立たない国務長官の死という話に米国民は戦争終結の方向へ舵を切った。

 翻って、今回の北日本の作戦は酷すぎた。


「まあ、確かに酷いですね」


 酷すぎて佐久田が呻くほどだ。


「作戦の成否に関わらなく、その後の事を何も考えていない」


 トップを殺せば、全て変わる。


 一般的にそう思われるが、非常に幼稚な考え方だ。

 確かに、トップを殺せば影響は大きいが、世論への影響も大きい。

 しかも暗殺じみた手段であり、潜水艦と飛行機を使った技能や能力は高いが、悪い印象が際立つ計画だった。

 北朝鮮による巡航ミサイル攻撃もあり、戦争の惨禍を受け続けた日本国民は怒り、それまで同胞という意識があった北日本への姿勢は完全に敵となった。

 また、連合国内でも日本の参戦へ向かわせるよう舵を切る方針が固まりつつあり、吉田はそのストッパーとなっていた。

 それが失われ、日本は軍備再建へ舵を切ることに鳴った。


「早急に、戦争を解決するために、防衛を固めるためにも先の閣議で警察予備隊と海上警備隊の増強が可決した」


「それは宜しいのですが、我々が無能のように見られていますよ」


 稚内が落ちないのと、今回の北日本の暴挙を許した警察予備隊と海上警備隊に非難が集中していた。


「それほど悲観する事はないだろう。襲撃してきた潜水艦は撃破したぞ」


 吉田首相を暗殺した<点検>だったが、報告を受け厚木から緊急発進したP2対潜哨戒機が急行。

 上空から執拗に攻撃を続け、横須賀から到着した駆潜艇の攻撃もあり、<点検>は僚艦と共に撃沈された。


「しかし、最後に報復されました」

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