大磯の吉田

「色々とやる事があるね」


 サンフランシスコへの出発前の打ち合わせを吉田は大磯の私邸で行っていた。

 東京では、新たな決済が多く、時間がとれないためだ。

 更に、GHQや高木の余計な声が届くのが嫌だった。

 なので静かな大磯で、話し合いを行っていた。

 吉田に反感を持つ一派からは大日本帝国憲法を東京から離れ、金沢文庫で書いた伊藤博文を真似たという悪評も出ている。

 だが吉田は気にしなかった。

 自分の家をどう使おうと勝手だ。

 それに海に近い大船を吉田は気に入っていた。


「しかし、宜しいのですか? クロマイト作戦の了承をしなくて」


「良いのだろう、うるさく言わなくなっている」


「警察予備隊と海上警備隊は作戦参加の為に船団を用意しているようですが」


 稚内の包囲を新設の第五師団、第六師団に任せ、他の部隊は後方へ下がっている。

 休息も行われているが、多くの部隊は朝鮮半島へあるいは上陸作戦の為の準備をしていた。

 警察予備隊も、海上機動隊と上陸集団を統合した海兵師団の創設。

 空挺団を拡張しての空挺旅団の編成。

 空中機動部隊の空中機動旅団への拡大を進め、次の作戦に備えていた。


「大丈夫だ。上陸作戦は失敗の可能性が高く、中止になるだろう」


 だが、李承晩がクロマイト作戦、仁川上陸作戦を明言したため、北朝鮮の防備が固まり、実行は不可能だと見ていた。

 国防総省でも成功率は五千分の一と判断しており、実行されないだろう。


「それよりも日本の独立の方が大事です」


 国家主権の回復は日本の悲願でありなんとしても成し遂げたかった。


「しかし、あまりにも国連軍の行動は急すぎます」


「クロマイト作戦のみならず、半島や大陸にも急いで日本の軍隊を送り込んで欲しいのでしょう」


 戦争の戦況が思わしくなく、日本軍の参戦をアメリカは求めている。

 そのための餌として対日講和条約、日本の主権回復を吉田の前に提示している。

 しかし吉田はのらりくらりと躱し、日本側に有利な条件を認めさせつつ、海外派遣は認めなかった。

 クロマイト作戦が近づき、作戦参加を認める代わりに九月八日――クロマイト作戦実施予定日の一週間前に講和条約締結を認めさせた。

 作戦に参加する代わりに日本の独立を認めさせるのだ。

 しかし、李承晩がクロマイト作戦、仁川上陸を明言してしまい、作戦はご破算になった。

 だが、講和条約を変更する事は出来ない。

 ある意味、吉田の作戦勝ちだった。


「アメリカは激怒するでしょう」


「怒らせておけばいい、日本が戦争から離れたら、困るのは彼等だ」


 東アジアへの補給は日本が担っている。

 日本が半島と大陸への航路の近くに居るからだ。

 また、敗戦したとはいえ生産力が高い近代国家であり物資の生産拠点、支援地帯としての価値は高く――太平洋を越えて米本土から送りこむ、あるいは修理のために送り返す必要がないため、効率的に戦えている。

 日本を失う事は国連軍、アメリカ軍に取って大きな痛手だ。


「しかし、クロマイト作戦が行われなければ朝鮮半島は共産陣営の手に落ちますが」


「日本との間には対馬海峡があり、彼等は海を渡ることは出来ない。心配無用だ」


 釜山が陥落したとしても海という天然防壁が日本を守ってくれる。

 だから半島へ進出する必要は無いというのが吉田の考えだった。

 沿岸部だけでも影響下に入れようと高木は派兵を主張しているが、それでは戦前回帰。

大陸進出を行い、また敗戦を招くようなものだ。

 断固として認める訳にはいかない。

 だからこそ、情報を李承晩に漏らしたのだ。

 GHQは怒るだろうが知ったことではない。

 何とかするべきなのはアジアの覇権を握ったアメリカであり、相応の責任を果たしてもらわなければならない。

 だが、アメリカ単独では不可能。

 日本の協力が必要であり、アメリカは何とか日本を参戦させようと良い条件を出してくるだろう。

 せいぜい、交渉材料にして良い条件を引き出そうと吉田は目論んだ。

 韓国が消滅しても、対馬海峡がある限り、日本は安泰であり心配ないというのも理由だ。


「ニミッツは横須賀にいるそうですが」


 日本の主権が回復すると共に占領統治が終わる。

 代わりに締結される安全保障条約を根拠に米軍および国連軍は駐留を続ける。

 そのための司令部施設として横須賀が候補となっていた。

 一番の本命は横田基地――関東平野の西に位置しており、丘陵地帯で標高が高く、東京を高所から攻められる位置のため、確保しようとしている。

 横須賀には在日米海軍司令部を置く予定であり、その視察に出ている。

 しかし、吉田は、そうは見ていない。ニミッツが吉田が折れて横須賀を訪問することを願っていると見ていた。


「いく必要は無いでしょう。それより秘書の田中君は?」


「買い出しに行くといって出て行きましたが」


「ああ、もう食事の時間ですか。彼の手際の良さには助かります」


 吉田は満足に頷くと、海を見た。

 日本は海に囲まれた島国であり、多くの国と交流しなければいけない。

 かといって侵略などしてはならない。

 そのためにも、海外派遣、米軍と共に戦争に加わる事は避けたかった。


「うん? あれは何だ」


 しかし、海を見ていると接近する黒い影があった。

 それは吉田の前に近づくと、何かを吉田に向かって投下していった。

 投下されたのは爆弾だった。

 吉田と、その部下達は、何故そのような事態になったのか分からないままこの世から消滅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る