北日本首脳部の決定
川勝は大学教授の息子として生まれ、旺盛な知識欲から知識人として高校時代から頭角を表した。
その分、共産主義に触れるのも早く共産党に入り佐脇より地位も高く、ソ連の東方勤労者共産大学一期生として留学した。
卓越した知性から卒業後も教員として残り、モスクワ中山大学が創設されると中国語が堪能なこともあり、教授の一人となり、熱心に指導。
そこで多くの知己を得た。
上海クーデターにより、中国国民党と国交が断絶したため大学は閉鎖された。
大粛正が始まり、川勝もシベリア送りとなった。
彼を助けたのは大学時代の教員と教え子だった。
卒業生は共産党および国民党の要職に就いており川勝の助命嘆願をスターリンに願い出ていた。
流石にスターリンもこれを無視することは出来ず、解放した。
川勝はかつての教え子達に乞われて中国に渡り、指導を行った。
第二次国共合作が行われると、国民党と共産党の間を行き来して、両中国の架け橋となった。
後に第二次大戦が始まるとソ連にも顔を出し人脈を使った外交官として活躍している。
北日本が建国される時、ソ連と中国そして満州に知己がいるため外務大臣として求められ加わった。
能力的に佐脇より上だが、スターリンの信頼がないため、国家主席に指名されなかった。
そのため佐脇とソリが合わない。
唯一開戦に反対し、臆病者と言われていたが、戦局が劣勢となった今、その慧眼から任期を回復し次の国家主席と望まれている。
「吉田は話の分かる外交官であり、条件によっては戦争を止める事が出来ます」
「不当な反動分子に頭を下げるのですか」
「止める事が出来るとすれば、話を聞いてくれるのは吉田だけです」
「敵におもねるのですか」
「だが上手くいっていないだろう」
見下すように言ってきたのは国家保安省大臣の桃畑だ。
共産党員だが、札付きの労働者で喧嘩で刑務所にぶち込まれた際、助けを求めるため入党しただけだ。
終戦間際も軍人と口論を起こして喧嘩して投獄されたが、終戦で政治犯として釈放。
再び傷害事件を起こすが北へ逃げ込んだ。
妙に人望があり、徒党を組んでおり、治安部門で労働者の纏め上げを行って功績を挙げ、国家保安省大臣となる。
粗暴な振る舞いは誰もが眉をひそめていたが、誰も恐れず暴力を振る舞うという特質から佐脇は恐怖政治の実働要員として使っていた。
しかし、影響力に陰りが見え始めると目に見えて反抗的になった。
「ここは、外務大臣に従った方が良いんじゃないのか」
「黙りなさい」
佐脇が止めると桃畑は黙った。見下すような笑みを浮かべて。
かつてはこのような事はなかった。
腹心の副大臣、小柴の入れ知恵だろう。
此方は戦前から入党していた古参だが、戦前の一斉摘発により刑務所に収監され数年もの間、独房に入れられていた。
終戦で釈放されたが、混乱と困窮の中、暴徒に襲われていた所を桃畑が助けて以来、知恵袋として行動を共にしている。
一時は解放区、事実上桃畑の独裁国家を作ったが、警察に目を付けられ大規模討伐に合い桃畑と共に北に亡命。
北の共産党に合流する。
二人は防諜機関へ配属され南からやってくるスパイの摘発に多大な実績を上げ、桃畑を大臣の地位へ上り詰めさせたのは、小柴の腕に寄るところが大きい。
佐脇の政敵をスパイとして葬り去るための裏工作を小柴が行っていた事もあり、下手に切ることが出来ない人物である。
この事もあって佐脇は国家保安省に手出しが出来なくなりつつあった。
「米帝の傀儡がこれ以上、力を付けぬようにする必要があります。今回の作戦を実行しなさい」
「しかし国家主席」
「これは決定です」
「良いのかよ。外務大臣の助言を聞かなくて。一人では何も出来ないだろう」
「全ては私の決断です。従ってもらいます」
佐脇は断言すると会議は終了した。
川勝は肩を落としたが、桃畑は意地の悪い笑みを浮かべた。
国家主席から責任を取るとの言質をとったのだ。
これで失敗した時に、失脚させる証拠を手に入れられた。
小柴の入れ知恵だが本当に役に立つ。
桃畑は十分すぎる成果を得たが、その様子を出席者達は恐怖と共に見ていた。
どう見ても、今回の戦争は敗北であり、開戦を決断した佐脇の失脚は免れない。
そして桃畑は国家主席の地位を狙っている。
川勝が一番真っ当だが真っ当だが、実力、バックとなる武力組織を持たない。
外国の支持は篤いが中国が主であり、盟主であるソ連、いやスターリンから白眼視されていて主席に認められる可能性は少ない。
マシだが、実力がない川勝にするか、力があるが性格に問題がありすぎる桃畑に付くべきか出席者は悩む。
だが、今回の作戦が成功すれば佐脇は多少は成果を上げ、上手く主席として残れるだろう。
権力は弱まるが、現状維持となる。
その意味で吉田暗殺作戦は悪くない。
こうした首脳部の思惑もあり、実行部隊へ迅速に吉田暗殺の命令が下った。
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