北日本首脳部

「これは一体どういうことなのです」


 小太りの中年の男が怒りを込めて尋ねた。

 そして部屋にいる誰もが縮こまり俯いたままだ。

 彼は佐脇聡。北日本人民共和国国家主席だ。

 東京の豊かな資産家の息子に産まれたが、共産主義にかぶれて活動し特高に目を付けられて逮捕される。

 その時の尋問、事実上の拷問で大日本帝国に対する敵意を確固としたモノにし、活動により積極的になった。

 開戦となると徴兵を逃れるためにソ連へ亡命。

 中国へ渡り、中国共産党が得た捕虜を共産主義者へ転向させる活動を行う。

 その手腕を目にしたスターリンは、対日参戦を決意した時、思想的に信頼できる彼を、傀儡にすることを思い立ち、ソ連に帰国させ、対日参戦と共に進撃させた。

 だが、日本軍の激しい抵抗により、北海道北部と樺太のみしか手に入れられなかった。

 それでもソ連は予定を変えず佐脇を最高指導者、国家主席に任命し、ソ連軍の威圧と共に北日本人民共和国を誕生させた。

 しかし活動家としては満点でも、政治家として、国家の運営者としては落第だった。

 ソ連のバックがなければ何も出来ず、満州の北山から送られる援助物資と、旧軍人を使って作り上げた巨大な軍隊だけが拠り所だった。

 そのため強権的な統治方法、恐怖政治しか行えず、多数の仲間を殺していった。

 勿論、不満も多く、能力を疑問視される。

 指導者としての確固とした功績が必要だった。

 そのために、不当に占拠された北海道を奪回することで正統性を得ようとした。


「この戦争で不法占拠された北海道を我が国が回復できるのではなかったのですか」


 だが、その軍隊もこの北海道奪回作戦で、失われてしまった。

影響力は低下しているが、まだ国家主席の座に着いている。

 下手な事を言えば銃殺刑だ。

 就任当時はスラリとした体つきだったが、就任以降は権力の亡者となり美食に走ってぶくぶくと太りつつある。

 戦局が天塩海岸上陸作戦以降、逆転されるとストレスから更に暴食が激しくなり、肥満が顕著だった。


「米軍の介入は予想外でした」


 彼の腹心であり、奪回作戦の作戦立案者である陸軍司令官が怯えながら言う。


「その予想外のために主力は壊滅し、樺太も空襲を受けています」


「しかし、米英の戦艦を撃沈する大戦果を挙げています」


 一人、胸を張って言っているのは海軍作戦部長だけだ。

 今成果を上げているのは唯一海軍だけと言って良い。

 しかも武蔵、<解放>を保有しているためソ連さえ、無視できない。


「だが結局逃げ帰って船団を撃滅できず、主力を救えなかったではないか」


 対抗勢力である陸軍司令官が嫌みたらしくいう。だが、何処吹く風、といった態で受け流す。


「<解放>の喪失を避ける為の戦略的判断だ」


「味方を見捨ててか」


「この後も続く戦争のために貴重な艦艇は温存しなければ」


「今、稚内は死力を尽くして守り抜こうとしている。これを助けようとは思わないのか」


「陸軍司令官」


 国家主席の言葉で陸軍司令官は黙り込んだ。


「帰還命令を下したのは私です。<解放>を失うわけにはいきません」


 北日本がソ連から一目置かれるのは武蔵<解放>を保有しているからだ。

 失われれば、北日本はソ連の属国となり、自分も操り人形になる。

 それは回避したい。

 人民軍八個師団、将兵十万が失われてもソ連への発言権を確保しなければならなかった。


「私の判断に何か間違いが?」


「ありません!」


「そもそも、今回の失敗は敵の天塩への上陸を許した陸軍にあると思うのですが」


「上陸船団を海上で海軍が撃滅すれば……」


「ですが稚内のように天塩海岸に防御陣地を作れば守り切れたでしょう」


「それでは侵攻用の兵力が確保出来ず」


「過剰に投入し過ぎていたのでは、一個師団か二個師団を残して置けば良いでしょう。防御を疎かにしたのはあなたの責任でしょう」


 実際は作戦案に承認を与えたのは国家主席である佐脇だ。

 開戦を提案したのも国家主席であり責任もある。

 しかし、都合良く忘れスケープゴートとして、陸軍司令官を非難している。


「あなたは解任です。後任はまたあとで伝えます」


 陸軍司令官はうなだれた。

 最早、地位を回復する見込みはない。

 出席者は、陸軍司令官いや元陸軍司令官をライバルリストから外した。


「で、今後の作戦はありますか」


 しかし、佐脇に問いかけられて全員が縮み上がる。

 余計な事を言えば責任を取らされる。現状は国連軍が優位であり何をしても失敗するだろう。


「これだけの人間がいて、なにも解決策がないのですか」


 かといって黙りっぱなしだと今のように佐脇の勘気を被る。

 開戦の責任があるのでそれを口実に主席から引きずり下ろそうと出席者の多くが画策していた。

 だから黙るのが吉だと多くの者が思っていた。


「一つ提案が」

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