敵のスパイの活用法
「何故だ?」
キャプテンの言葉にウィロビーは驚き問い返した。
「日本の首相の秘書の一人がソ連のスパイでは日本の方法が東側に情報が漏れっぱなしだろう」
「情報の操作は可能です。それに公的な秘書ではなく書生、私的な秘書です。この田中という書生が公的文書、機密資料には触れられないよう、監視する事は出来ます」
実際、秘書官の一人を監視要員、他のスパイから機密情報を守るための専従要員として送り込んでいたが、機密情報でありウィロビーにも教えなかった。
そんなことを知らないウィロビーは、情報漏洩に不安だった。
しかし、同時に活用方法に思い至る。
「二重スパイに仕立て上げるつもりか? 偽情報の投函口にするのか」
あえて見つけたスパイを泳がせる事は多い。
ソ連側が吉田の書生がスパイだと見破られた事を知らず、情報を受け取り続けたら偽情報を送り続け、ソ連側を混乱される、得た情報を本物だと思い込んで踊ってくれるだろう。
都合の良い情報や、ソ連に信じ込ませたい情報を流すことも出来る。
そして切りの良いところで逮捕する。
元から二重スパイで、送られた情報が全て偽物、最初こそ本物だろうが、信じさせるためで途中から偽情報を掴まされていると思い込み、得た情報に疑念を抱く、そして信義を明らかにするための作業に労力を注ぎ込んでくれる。
そのような事さえ出来る。
泳がせて、偽情報の投函口にするのは良い案だ。
「吉田には伝えるのか?」
「いいえ、総理は我々を信頼されていません。旧軍関係者を警戒しているようでして」
淡々とキャプテンは言った。
戦前から情報軽視、伝える情報を信頼されないことはよくあることであり、上層部に無視されるのはよくあることだ。
吉田総理は偽情報を与えられ操られることを警戒している。
「伝えたところで総理周辺との離間を企てる我々の工作と見るでしょう。そして田中に知らせてしまうでしょう。田中は機を見て逃げ出し、捕まえる事は不可能になります」
一応、田中に監視は付けているが、吉田総理に気取られないようにするため、人員は最小限に抑えている。
だが少数で何時逃げ出すか分からないのでは、田中が逃げ出した時、対応出来ない。
不意を突いて逃げ出したら取り逃がしてソ連大使館か、北へ逃走されてしまう。
それでは、工作の意味がない。
なので吉田総理には秘密だ。
「だが、吉田の口から不意に極秘情報漏れ出る可能性がある。それに吉田の動向を把握されては問題では」
「何が問題なのでしょう?」
「総理を暗殺されでもしたら日本は混乱するし、この後の講和条約締結に多大な影響が出る」
「それ以外に問題は無いでしょう」
キャプテンの冷たい言葉にウィロビーは背筋が凍った。
そして、裏の意味に背筋に冷や汗が流れた。
「君らは総理を北に殺させる、いや暗殺するつもりか?」
「戦場へ兵力を投入する事にブレーキが掛かっていては兵力不足で負けてしまいます」
「確かにそうだ。日本が兵力を投入しなければ、東アジアの戦争は負けだ」
稚内が陥落していないとはいえ、日本の戦線は安定している。
兵力の増強も進んでおり、米軍の代わりをしてくれている。
他の戦線、特に釜山に押し込まれている朝鮮半島に援軍として入ってくれば、クロマイト作戦に参加すれば、戦局は好転する。
だが吉田は再軍備、軍部の台頭を恐れて拒絶しているし、現状の立場、国連軍の軍需工場としての立場を享受する日本の立ち位置を動かしたくない。
再び戦争で若い命を失うのは国家の損失だ。
その点で吉田は日本のために尽くしている。
だがアメリカ政府としては、米軍のこれ以上の投入が出来ない、アメリカの若者を戦地に送り込みたくない。
そして、高木やキャプテン達旧軍人は日本の真の独立、自主武装、自前の軍備を持つことを望んでおり、現状よりも大きな軍備を持ちたいと考えている。
勿論、太平洋戦争前の様な野放図な拡大は国力を衰退させ、危うくなることを彼等も理解している。
しかし現状最低限の軍備は勿論、東アジアの安定も維持できないような軍備では日本の安全が守れないと考えている。
その点はアメリカの国益にかなうし、正しい認識だ。
ヨーロッパに視線を向けているアメリカにとってアジアは第二戦線であり、アジアへ力を入れる必要がなくなる、負担が少なくなるのは良い。
日本が再び刃向かわない限り、アメリカは再軍備を許容する。
勿論、日本の再軍備に反対、再び太平洋戦争、パールハーバーが起きると叫ぶ人間がアメリカ国内いる。
だが、アメリカがアジアの安定を全て負担するのは、ヨーロッパ正面でソ連を迎え撃つことを考えれば、国力がどれほど浪費されるか分からず危険すぎる。
なので彼等の意見は無視することとなっていた。
以上の点を考慮し、ウィロビーは決断した。
「……この一件は君たち日本側に任せる」
「ありがとうございます」
これで今日の情報交換と今後の方針確認は終わり、それぞれ帰ろうとした。
だが帰り際にウィロビーはキャプテンに尋ねた。
「しかし、良いのかね」
ウィロビーはワザと曖昧な問いかけをした。
口にするわけにはいかないし、相手も情報戦のプロだ。
何が言いたいのか理解している。
そしてキャプテンは明快に答えた。
「警備や治安に関しても及び腰ですし、共産主義者を野放しにしすぎです。報いを受けても仕方ないでしょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます