キャプテンという男

「それは確かなのですかキャプテン」


「間違いありません」


 キャプテンと言われた男、日本人男性はウィロビーに頷いた。

 キャノン機関に協力する、元中野出身の男。

 米軍相手に諜報戦を行っていた男だ。

 日本にウィロビーが駐留してから、高木の紹介もあって接触し日本のみならず東アジアの情勢を伝えてくれた。

 その情報は正確であり、ウィロビーも無視できなかった。

 正確さと深い情報、中国の軍閥や北日本、北朝鮮の内部奥深くの情報が正確に入ってくるのでウィロビーは信頼を深て直接対面するすることにした。

 それまでは直接の対面は避けていた。

 巷に溢れる共産主義者の監視から逃れるために、ドロップボックス方式、特定の場所に情報を書いた紙を置いておき時間差で回収し、やりとりしていたため、安全な会談場所を確保するまで対面したことがなかった。

 だが、これほどまでの情報を煩わしいやりとりで手に入れていては時間が掛かりすぎる。

 危険を承知で、むしろリスク以上の成果が得られるとウィロビーは対面することにした。

 そして都内の某所で最初ウィロビーが会った時、その男はキャプテンと名乗った。

 初めて見た時、知的な顔立ちで日に焼けた後がある事から、海軍士官だとウィロビーは判断しキャプテン、艦長あるいは大佐だと判断した。

 だが、実際は陸軍出身で、キャプテンも陸軍大尉、中隊長を意味する言葉――英語のキャプテンは陸軍大尉と海軍大佐を意味している――であり、大戦中、彼が大尉と名乗って活動したからだ。

 本当の名前も階級も一切不明だった。

 ただ、ただ者ではない雰囲気が凄かった。

 ウィロビー達、G2も日本軍相手に諜報戦をくぐり抜けた猛者だ。

 しかし、キャプテンの凄みは修羅場を、文字通り自らの命を賭け、己の腕で切り抜けてきた自負と自身から生まれる、泰然とした雰囲気だ。

 後方で、送られてきた情報を精査していたのとは全く別だ。

 勿論、情報の扱い一つで数万の味方の生死が大きく変わる。

 日本軍の攻撃を察知できず幾度も奇襲を許して仕舞った苦い経験があり、そのような事がないようウィロビーは日々情報網の拡充に努めている。

 しかし、どうしてもアジアでの情報収集は難しい。

 アジア系に白人が混じっていくなど不可能に近い。時に命の危険さえいとわず行える人材など少ない。

 それだけに目の前のキャプテンとその配下達がもたらす情報は値千金だった。

 彼等が、もたらされる情報は全て正確で、対北、そして対ソ連で共闘している分には何の問題も無かった。

 旧日本軍の情報網や人脈、中国軍閥に送り込んだ軍事顧問、残留日本兵、北朝鮮、北中国にいる旧満州国軍――日本の指導で任官した士官達からの情報、そして戦前から情報収集を行っていたソ連の情報など、アメリカ側では決して知ることの出来ない情報をもたらし続けている。

 そのため、ウィロビーは継続的に接触を行い、敬意を込めてやってくる男をキャプテンと呼び続けた。

 以後、米軍の情報部門では日本側の連絡官をキャプテンと呼ぶ慣習が出来、ずっと続くことになる。

 だが、今重要なのはそこではなかった。


「日本の首相の周りにもソ連のスパイがいるとは」


 今回報告されたのは吉田首相の周りにいる秘書の一人、正確には田中という書生の一人が隠れた共産主義者で密かにソ連と接触ていたことだ。

 共産主義にかぶれているだけでなく、表に出ない吉田の言動、中にはアメリカの情報さえ報告しているという内容だ。

 嘘ではなかった。

 ウィロビーが信頼していることも確かだが、吉田に流した情報が、二日とおかず流れていることが米軍による駐日ソ連大使館からソ連本国への暗号解読の結果からも明らかだったからだ。

 誤りが無いかどうか、精査しなければならないが、一読しただけでも間違いようのない情報だった。


「本当であれば重大だ。日本はソ連への警戒も甘いし、アカが多いな」


「それはアメリカも同じでしょう」


 ウィロビーはキャプテンに痛いところを突かれ黙り込んだ。

 現在アメリカ本国では、FBI長官エドガー・フーバーと上院議員マッカーシーによる赤狩りが行われている。

 多くの科学者、官僚がソ連に情報を、原爆の情報さえ流しており、昨年のソ連最初の原爆実験を成功に導いていた。

 いずれソ連は原爆を開発すると考えていたが、試行錯誤の時間的ロスを、漏洩されたアメリカの原爆情報によって最小限に抑えられたのが大きい。

 アメリカの原爆独占は僅か四年で幕を終えた。

 もし、アメリカが原爆を独占していれば、この戦争はもっと早く終わる、いや、スターリンに開戦を許可させなかっただろう。

 だが、過ぎた話だ。

 今は、見つけ出した吉田の近くに居るスパイをどうするか決めなくてはならない。


「それで、この田中という男、逮捕するのかね?」


「いいえ、このまま泳がせようと考えております」




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