代替策

 何とか仁川上陸作戦を講和条約の後へ、遅らせられないかと高木は尋ねるが佐久田は首を横に振り説明する。


「九月以降は農作物の収穫期です。北朝鮮軍は食糧を現地調達しており、戦力低下の一因となっています。農作物を食糧を手に入れる事が出来たのなら、北朝鮮軍は攻勢を仕掛けてくるでしょう」

 今現在、北朝鮮軍の釜山橋頭堡への攻撃が低調なのは、食糧が少ないからだ。

 天高く馬肥ゆる秋、の言葉通り、実りの秋で食糧を手に入れたら北朝鮮軍は腹一杯に食べて元気になり、韓国軍が閉じこもる橋頭堡へ攻め寄せてくるだろう。

 米軍の増強が行われており、防御は可能になりつつあるが、狭い範囲に押し込められていることに変わりはない。

 いずれ、破綻しかねない。

 日本への巡航ミサイル攻撃がクローズアップされているが、補給港である釜山へのミサイル攻撃も熾烈に行われており、補給に混乱が生じている。

 そのため米軍の増強が思うように進まない状況となっていた。


「九月下旬までかかりますと米軍の増強があるとはいえ釜山橋頭堡確保も怪しくなります。その前に実行しませんと。また、秋になると台風がやって来ますので上陸作戦が決行不能になります」


 上陸作戦で怖いのは、敵の防備だけでなく台風などの天候だ。

 特に日本周辺は台風の進路であり、上陸中に直撃されたら作戦が混乱する。

 実際、沖縄で台風の直撃による混乱を突いて突入作戦を行い成功させた佐久田だ。

 その効果は良く分かっており、北朝鮮が同じことを考えていない保証はない。

 哨戒艇十隻だけしか北朝鮮が保有していない事は確認しているが、万が一、満州国が参戦した時危険だ。

 旧海軍の艦艇を接収し、ソ連軍の艦艇を建造し自前の海軍を持ちつつある満州国。

 戦争中、日本のラテナウと呼ばれた北山率いる北山重工が作り出す兵器群を前に、戦えるとは思えない。

 勿論圧倒的な物量を誇る米軍ならば逆転も可能だが、損害が多く出ることは避けられない。

 成功したとしても、北朝鮮軍に対応出来るだけの戦力が残っているか疑問だ。


「台風を避けて冬まで延期した場合は作戦自体不可能です」


 朝鮮半島の寒さは厳しい。

 大陸の冷たい高気圧の風が吹き込んでくるため零下20度などざらだ。

 そんな場所で海水で濡れることが前提の上陸作戦など将兵に凍死しろといっているようなものだ。

 上陸作戦など到底出来ない。


「作戦可能になる来年の春以降になれば、流石に北朝鮮も沿岸の防備を固めるでしょう」


 来年の春まで釜山橋頭堡が持つとは思えない。

 持ったとしても、流石に北朝鮮軍は占領した韓国の沿岸に防御陣地を作り上げるはずだ。

 半年ほどの期間しかないが、日本軍でさえ、半年ほどの時間で強固な防御陣地を作り、米軍を苦しめ、損害を与えた。

 勿論、粉砕されたが、米軍は陣地を粉砕するために多大な努力を強いられた。

 


「つまり、その前に実行しろと」


「はい」


「改めて聞くが、朝鮮半島に上陸する必要があるのか?」


 高木も出来る事なら上陸作戦への参加は止めたい。

 だが、日本の安全のために必要とあれば最小限の介入で済ませたいと思っており他に方法がないか尋ねた。

 しかし、佐久田は首を横に振る。


「日本の平和は日本の周囲が平和であってこそです。戦争状態の半島が真横にいるのではいつ火の粉が降り注ぐか分かりません。半島への駐留はともかく戦争を終わらせる為に上陸作戦に参加し、北朝鮮軍を蹴散らすべきでしょう」


「総理は認めないだろうな。そして講和条約まで総理を外すことは出来ない」


「作戦は中止ですか」


「心配するな、方法はある」


「どんな?」


「聞かない方が良い。それより、代替作戦案を考案するんだ」


「出来ますが、今からだと計画調整のため遅延は避けられません」


「構わない。多少の遅れは認める。それで生まれる損害に関しても我々が受け止める。此方の不備でもあるからな」


 元凶は韓国大統領とはいえ、呼び水になったのは日本の吉田総理だ。

 ならば日本も禊ぎをする必要がある。

 日本が血を流すことによって。

 佐久田も、理解しており覚悟を決めて頷く。


「分かりました。そちらはお任せします。代替作戦も了承します。しかし、新たな実戦部隊の指揮官はどうするんですか? 現状は私のようですが、軍人もどきの人間に、代理に従う人間は少ないでしょう」


 敗戦国である日本の指揮官の命令を聞く人間は少ないだろう。

 憲法により軍隊を保有できない日本は、警察予備隊や海上警備隊など軍隊ではない武装組織を作っている。

 当然、そこに所属している人間も軍人ではないという建前であり、所属する佐久田は非常に曖昧な存在、軍人なのか軍人でないのか分からない状況だ。

 現状は、米軍などが実質軍人として扱っているだけであり、声高に主張できない。

 そのため、指揮系統に混乱、階級や指揮権継承などの面で混乱が発生しており、佐久田の指揮下にある事に疑問を抱く者も国連軍にはいる。

 ニミッツやパットンはともかく、その下の部下達は面従腹背だ。

 現に、稚内攻略に齟齬を来しており、陥落しない要因の一つとなっている。


「心配するな。新たな指揮官がワシントンから来る予定だ」


「誰ですか?」


「海軍作戦部長を務めているスプルアンス提督だ。彼が実戦、クロマイト作戦の指揮をとり、パットンが極東戦争全体の指揮を執る。彼らなら大丈夫でだろう」


「はい、安心です」


 スプルアンス提督は太平洋戦争後半で第五艦隊を指揮して戦った好敵手だ。

 沖縄戦の最中、過大なストレスで倒れてしまったが、休養の後、復帰して現在は米海軍のトップ、海軍作戦部長を務めている。

 それだけに手腕は期待出来るし、知将のため頭脳明晰で公正な判断が出来る。

 佐久田の提案を受け入れる度量もある優秀な人物だ。

 ならば、反対はない。


「早速、立案を頼む。せめて、スプルアンス提督が日本に来た時、作戦の概要を説明できるようにしておいた方が良いだろう」


「分かりました」


 だが佐久田は、高木の対応、吉田総理への情報漏洩への対応策を聞かなかったことに疑問に抱きながらも高木の元を辞した。

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