上陸作戦の是非
佐久田は肩を竦めていった。
最早、北が、東側は上陸作戦の事を知っており、警戒している。
仁川上陸作戦は不可能になったのだ。
いや、実行できるが、成功は見込めないし、出来たとしても損害が大きすぎる。
奇跡でも起きない限り、十中八九、敵の反撃に出会って大損害を出して撃退される。
「当然だな、パットン元帥も激怒している」
仁川上陸作戦に乗り気だったのはパットンだった。
成功率は米国防総省の試算で五千分の一だが、成功すれば朝鮮半島の中心、ソウルを奪回し、北朝鮮軍主力を本国と分断し各個撃破。
戦局を逆転させる事が出来る。
天塩海岸上陸作戦を再現する事が可能となる。
この作戦を成功させるべくパットンは全身全霊で準備に当たった。
当然ながら上陸作戦の肝である上陸地点と時期の秘匿には注意を払った。
なのに、李承晩が盛大に世界に向けて、自信満々に発表してしまった。
これでは敵が北朝鮮軍が待ち構えているなかに無防備に飛び込んでしまう。
李承晩のラジオ放送を聞いたパットンは、珍しくあらん限りの罵声をあげて怒り狂った。
普段マスコミや兵士と接する時は粗暴な話し方だが南部上流階級出身で育ちの良いパットンは、戦争神経症患者への暴行事件を除いて、比較的温厚だ。
部下の目があるにも関わらず、暴れたのはそれほど怒り狂っていたからだ。
「しかし、一体どこから漏れたのです」
「総理が、韓国大使に漏らしたようだ」
「なぜ」
「日本の部隊が半島に展開することを嫌がっている。ようやく復興が見えているのに、軍備を増強する事を避けたいと考えている」
「それには同意しますが」
佐久田も軍備の増強は反対だった。
平和で、経済的な恩恵を享受するには最小限の軍備を、抑止力として整備して戦争が起きないようにするべきだ、というのが太平洋戦争前から佐久田が提唱した持論である。
中国分割論を出したのも、日本が平和になるため、中国の脅威を受けないようにするためだ。
分断された中国がいがみ合う状況が好ましいのだ。
「ですが、巡航ミサイル攻撃により日本への被害が出ています」
だが、事が起きた時は全力で対応しなければならない。
日本の安全保障上、朝鮮半島の平和は重要であり、日本の平和が脅かされることは避けたい。
今行われている巡航ミサイル攻撃への対処は絶対に必要だ。
攻撃されているのに対応しないのでは国家としての意義が存在しなくなる。
だからこそ佐久田は、軍備が増強され日本の負担になる恐れはあっても、日本の平和のため半島への介入は必要。
少なくとも日本を攻撃している連中を排除。
日本が自らの手で平和を作れるようにする実例を作り上げる必要があった。
故に半島への上陸作戦は必要だと判断していた。
「だが総理は、軍部が再台頭する事を、再び軍部の暴走が起きる事を憂いている。大陸への進出は再び大陸利権と結びついた軍部が復活し日本を混乱させる。これを危惧して警察予備隊を送り込みたくないのだろう」
「分かりますが」
その点に関しては佐久田も同感だ。
泥沼の日中戦争に従軍させられひどい目に遭ってきた。
軍が政治に関わり軍事目標を最優先して、国を衰亡させるなど愚かでしかない。
「ですが、だからといって危険な国を排除する手段を放棄などしては日本の安全は守れません」
専守防衛、平和は素晴らしい事だが、弱肉強食の世界で無抵抗で国が存続出来るなど、夢想に過ぎない。
危害を加えてくるなら自衛、出来れば懲罰できる手段と事例を作り上げておきたかった。
「まして友軍を危険に晒す情報漏洩など行うべきではありません。作戦を、多くの将兵の命、この後の戦局を大きく乱すことは避けて貰いたい。特に暴露されたアメリカが苛ついています」
李承晩のラジオ演説を聞いたニミッツとパットンは激怒している。
アメリカでも米軍を危険に晒す行為として李承晩への批判が噴出していた。
そして、漏らした吉田総理への恨みを募らせていた。
しかし、吉田総理は何処吹く風だ。
「総理は解任されますか?」
これだけの事をしたのだ。日本の国際的な信用はがた落ちであり、責任を取る。少なくとも辞任が必要だ。
「いや、暫くはない」
「どうしてですか?」
「九月八日にサンフランシスコ講和会議がある。日本の独立が承認されるのは西側にとっても必要だ」
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