上陸作戦の暴露

 吉田の話、仁川上陸作戦の話にに、韓国大使は目を丸くし思わず聞き返した。


「仁川へ上陸するという話は聞いていませんが。確かですか」


「ニミッツ元帥より聞きました。当然、李承晩大統領も大使もご存じでしょう」


「……聞いていません」


 大使は、意気消沈しながら答えた。

 無理もない。

 韓国政府はアメリカの支援がなければ、建国も存続も出来ない。

 李承晩は反共のプロパガンダで命脈を保っているだけ。

 そのために機密さえ喋りかねない。

 GHQが情報漏れを懸念したために占領されたとはいえ韓国国内への上陸作戦、存在そのものを伝えていなかった。


「GHQにそのような作戦案があるとは」


「海上警備隊から提出された作戦案と聞いていますが」


「日本軍が中心となると」


「少なくとも、作戦の原案を出したのは我々の政府部門であり、GHQが高く評価しているということです」


「GHQも半島への日本軍進出を容認していると」


「それは、GHQに確認をするべきでしょう。ただ、我々日本政府としては韓国とは友好関係を維持したいと考えております。韓国への干渉は行いたくない。ただ、この件は内密にお願いしたい」


「……了解しました」


 韓国大使は直ちに席を立ち、大使館へ戻っていった。




 その夜、釜山の臨時韓国大統領府から緊急ラジオ放送が流れた。


『日本軍を主体とする仁川上陸作戦に韓国政府は断固反対する。日本軍の半島への上陸は植民地支配の復活であり、韓国の主権を脅かすものである。また韓国の問題は韓国が解決するべきであり、作戦の主体となるのは韓国軍でなければならない。故に仁川上陸作戦に韓国軍が加わる事を強く求めるものである。韓国軍将兵よ、仁川へ、ソウルへ向かおう』


 このラジオ放送は衝撃をもって受け止められた。

 特にクロマイト作戦を立案していたGHQと準備をしていた佐久田は驚いた。

 事の真相を知るために、佐久田が信濃から海空――第二次大戦開発された日本の単発艦載輸送機。米海軍に適当な艦上輸送機がないため、米軍さえ使用している輸送機に乗り東京に駆けつけたほどだ。


「極秘で進めていた作戦をどうして漏らすのです」


 上陸作戦は上陸時が一番無防備なため、敵の反撃を受けると損害が大きくなる上に進撃できなくなる。

 第一次大戦のガリポリの戦いが好例であり、英仏軍は防備を固めたトルコ軍の反撃に遭って撤退した。

 だから上陸地点と時間は徹底的に秘匿される。

 幾ら作戦内容を秘匿しても、集結する部隊や物資の集積から、作戦が行われる事は隠せない。

 だからこそ、上陸地点と日時の秘匿、何処に何時上陸するか秘匿することで敵が防御のための兵力を分散させることを狙う。

 ノルマンディー上陸作戦開始前、熾烈な情報合戦、欺瞞工作が行われたのも作戦を成功させるためだ。

 成功したのは、連合軍がドイツとヒトラーを欺くことに成功したからだ。

 なのに、李承晩は重要な情報を北朝鮮に流してしまった。


「どうして、暴露するんですか」


「釜山橋頭堡に押し込められているからな。士気を上げるためにも威勢の良い言葉をかけたいのだろう」


 高木も呆れたように言う。

 口先だけで大統領をしているだけに、支持を集めるために大きな事を言わないと政権を維持できない。

 釜山に包囲されている現状では尚更だ。

 また、日本に対する劣等感とライバル心、作戦から除外されていることに対する不満、立案したのが佐久田、日本軍の将校であることが腹立たしい。

 戦前の植民地支配の結果、幾度も半島を戦場と想定して演習を行ってきただけに日本側の立案能力が高いため――またアメリカ軍とアメリカ政府に朝鮮半島に詳しい人間がいないという事情もあり、佐久田の立案した作戦が採用された。

 創設されたばかりの韓国軍に作戦立案能力、特に複雑極まりない上陸作戦など立てられない。

 その点、佐久田は太平洋戦争中、幾度も上陸作戦を立案計画し実行させている。

 その上、稚内こそ陥落していないが天塩海岸上陸作戦を成功させ、北日本の主力を殲滅する事に成功した実績もあった。

 以上の点をGHQも高く評価しており、佐久田の案が通ったのは当然の成り行きだった。

 兵力に関しても釜山橋頭堡の確保で精一杯の韓国軍より、稚内以外で戦闘がなく、兵力が余っている日本の警察予備隊を使おうと考えるのは当然だった。

 だが、反日姿勢を明確にする李承晩には面白くない。

 だからこそ、上陸作戦を明らかにして韓国軍が主体となるよう悪あがき、作戦を公表した。

 それが上陸作戦が破綻する、中止さえ決断されかねない行為であるとは李承晩は考えていなかった。


「まあ、言われてしまった以上、隠し通すことは不可能です」

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