票田

 戦争終結後、普通選挙制度が実施されこれまで男子限定だったのが改められ20歳以上の男女に選挙権が与えられた。

 今後民主的な政治を行うには有権者の意向を無視できない。

 現在、警察予備隊――ひとくくりに纏めて、日本軍と言っても良いだろうか――彼らは当初、軍事費を出したく阿仁吉田の意向により最小限の防備とされたため、非常に小さな組織であり、家族を含めても人員は少なかった。

 だが 極東戦争が始まったことにより戦局を優位にするため増強が計画されている。

 創設当初の計画さえ防衛に最低限必要として七個師団三〇万の陸上兵力――、一個師団二万人と同数の支援部隊を警察予備隊は編制しようとしていた。

 それでも過大なので吉田は半分に削減させ整備することにした。

 だが極東戦争によりGHQからの要請により更なる増強が計画されている。

 既に、計画にはない、空挺師団や海兵師団の編成が始まっているし、空中機動部隊というヘリとかいう兵器を使う部隊を作ろうとしている。

 評価が定まっていないのに、大部隊を編成運用されるなど非常に不愉快だ。

 それだけではない、定数割れが激しい米軍は、兵員を補強するため日本人隊員を指揮下に入れている。

 既に韓国でも派遣された第二四歩兵師団を補強するため同じ事、韓国軍の部隊を第二四歩兵師団へ編入することが行われている。

 だが、この状態のままでよいはずがない。

 確かに、極東米軍の兵力が少ない事は知っている。

 だが、日本人を米軍の指揮下で戦わせることなどアメリカの属国ではないか。

 まして、米軍に編入するための兵力を確保する為、警察予備隊を増強するなどあってはならないことだ。

 戦線が不利な状況のため致し方ないが、サンフランシスコ講和条約を前にこの状況は改善したい。

 陸上部隊だけではなく海上兵力、航空兵力の増強も行われる計画であり最終的には50万を超える戦力となることが現時点で予想されている。

 これは現時点でだ。

 今後、戦局が推移し戦域がさらに拡大、半島、ひいては大陸へ派遣される事になれば 規模が大きくなる。

 それに伴い新たな増強が求められる。

 下手をすれば一〇〇万を超えるかもしれない。

 夢想的な数字だがあり得ない話ではない。

 朝鮮半島に派兵するとなれば、さらに広大な 中国大陸へ送られることになったとならば一〇〇万を超え一〇〇〇万になるかもしれない。

 かつての日本はそれだけの兵力を有していた。

 国内政治的にも宜しくない。

 クーデターも恐ろしいが、民主主義国では数は力、選挙で有利だ。

 もし一〇〇〇万の軍隊が出来たら人口の一割近く、家族を含めれば国民の二割から三割が占めることとなり、圧倒的な票田となり得る。

 旧軍関係者を含めれば、既に潜在的な票田となっている。

 敗戦という十字架を背負っているため静かだが、密かに集まっているとしたら恐ろしい対抗勢力になる。

 ことに、今回の戦争で大戦果を挙げたら、既に反撃作戦を成功させ軍への評価が見直されており、活発化している。

 民主主義国家でこの大集団は無視できない。

 現状は、空襲被害の記憶が新しい日本国民の反対意見、軍備増強と海外派兵への反対が多数を占めている。

 だが北朝鮮からの巡航ミサイル攻撃を受け、この意見は弱まりつつある。


 またも北朝鮮からのミサイル攻撃


 民間の死者多数


 本土の安全を守るべし


 巡航ミサイルの基地を破壊するべきだ


 という意見が新聞各紙台頭している。

 そのため朝鮮半島への派兵もやむなしという声が出ていた。

 吉田としては軍の制限無き規模拡大を抑えたいため、一大勢力となりえる海外派兵はやめたい。

 作戦を実行して、成功したら軍の発言権が大きくなり、吉田の政治基盤が崩れる恐れがあった。

 しかし、本土を空爆する巡航ミサイル基地は叩いておきたい。

 発射基地を破壊するよう米軍が爆撃を行っている。

 だが北朝鮮軍は本国各所に秘密基地や移動発射装置を設置したり、空中からのミサイル発射を行っておりはない。

 確実にミサイル攻撃を防ぐには 朝鮮半島に上陸するしか 手段はなかった。


「一発あたりの被害は大したものではありません。損害を甘受しては?」


「それが一番いいだろう。派兵したり、大規模な軍隊を保有するより、よほどマシだ。だが空襲の被害を受けた国民は納得しない」


 命中率は低く被害は少ない。

 だが、数が多く、撃ちやすいため必ず毎日被害が出る。

 事前に避難させるのは簡単だがその間、経済活動は停止する。

 戦争の特需で沸き立っている今、経済状況の改善で支持を得ている吉田には無視できない点だった。

 悩んでいると、吉田の秘書である田中が入ってきた。


「総理、韓国代表部の方がいらしていますが」


「あとにしろ」


 配下が邪険に言った。

 反日の強い韓国はことある毎に植民地政策の謝罪と賠償を求めている。

 だがそのような必要性はないし、行ったとしても欧米が許さない。

 アジア各国に植民地を持っていた欧米も同様の要求を旧植民地諸国から求められる可能性がある。

 第二次大戦で疲弊している所に、あらたな財政負担を強いる政策を、前例を作ることを許しはしないだろう。

 日本の国力を削ぐために、韓国に肩入れすべきだという声もあるが、自分たちが植民地で行ってきた所業をしるまともな人間ならば、肩入れしない。

 そのため、韓国の声は無視されがちだったし、日本も重要視していない。

 門前払いする、あるいは格下の外務大臣か外務次官が対応するのが暗黙の了解となっていた。


「いや、お通ししろ」


 配下達は驚いたが吉田は考えがあって許した。

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