戦争放棄した理由

「困ったことになったね」


 公邸に戻った日本国内閣総理大臣、吉田満は、自分の配下を前につぶやいた。

 今日のニミッツの要求、朝鮮半島への派兵は日本には過大だ。

 半島への派遣など重荷である。

 だが、半島の戦況は悪化しているし、北朝鮮の巡航ミサイル攻撃も止まず、国内は派遣賛成の声が高まっている。

 このままでは朝鮮半島へも部隊が派遣されてしまう。

 それで巡航ミサイル攻撃がなくなれば良い。しかし、派遣が行われ、大軍が編成されて、軍部復活となれば、再び日本は軍国主義となる。


「敗戦など二度とゴメンだ」


 戦前の軍部の暴走により日本が破滅、亡国の危機に陥ったことを思い起こしながら吉田満は言った。

 戦後ニミッツが行政に対する見識がないことを良いことにGHQ 内部の自分の考えに近い職員たち、日本への見識がない者達を使って早急に日本国憲法を草案し戦争放棄、武力の否定を成立させた。

 これで軍部が日本国政府を軍が操り暴走させる事態は永遠に消しされたと思われた。

 しかし、それも束の間だった。

 東西冷戦が激化すると米軍の軍縮もあり日本にも自衛のための戦力を求められた。

 吉田は、軍備にかける予算など復興予算でない、と言って突っぱねて認めようとしなかった。

 軍隊を否定したのは日本を牛耳った軍部を壊滅させるための荒治療、強引な手術だった。

 このことから見る様に吉田は軍の暴走を許そうとはしない。

 だからこそ、慎重に軍の再建を、今度こそ政府の統制下に置かれた暴力装置を、再度の暴走を抑える処置を施しつつ作り出す予定だった。

 敗北と国土に戦災をもたらした国民の反軍感情が強すぎたこともあり、再軍備は支持率低下、吉田の政治生命にとって致命傷にもなりかねない。

 生粋の外交官であるとて吉田は軍備の重要性を理解している。

 交渉に軍事力という担保が必要な事を理解しており、必要最小限の軍備は戦後復興ののちに作り上げる予定だった。

 それまでは世界最強の米軍に日本の防衛を押しつけ、浮いた軍事費で国土復興に充てようとした。

 だが急速な 北日本や北朝鮮軍、共産中国が軍備を増強する状況を前に現実を認めざるを得ず、警察予備隊及び海上警備隊の創設を許した。

 中共内戦が自然停戦となり、武器の発注がなくなったため復興しつつあった国内経済が低迷しはじめ、新たな受注先を必要としていたという事情もあった。

 軍の再建は必要とされていた。

 しかし、吉田は可能な限り制限を、考え得る限りの制御を行おうとした。

 警察予備隊や海上警備隊は戦前の軍のように天皇直隷ではなく、日本国政府に属する、という法律を作り統制させ、政府のコントロール下に置いた。

 それでも軍部の暴走が不安であり内務官僚系、元警察官僚を多数、警察予備隊及び海上警備隊に送り要職に就任させ監視を行った。

 だが、この極東戦争で欠陥が露呈した。

 まず、多重な制限と監視は、迅速に対応するべき突如の開戦において足かせにしかならなかった。

 軍事行動に必要な武器弾薬燃料、よからぬ行動を起こさぬよう実包を厳重に管理しすぎ支給が遅れ、開戦時に警察予備隊が大きく撤退、あるいは敗退する原因となった。

 そして、吉田が送り込んだ人物達、元々軍事の実務どころか見識も知識もない彼らが中枢を握っているため、必要な時に必要な物が送られず、手遅れになることが多かった。

 前線が奮戦していたが。後方からの補給と支援に問題が生じていた。

 ひとくくりに軍部とされているが、知っている人間、特に前線で戦ってる人間は、配属された人間の出身母体の違いを理解しており、吉田が送り込んだ内務官僚系出身者、特に規則を重視し補給が遅れている後方支援の要員に対する不満を持っていた。

 人事面でも多く、旧軍軍人を監視するため、互いに監視するように人事配置を行ったので、適任者が配属されなかったり、昇進しなかったりした。

 結果、前線視察中のパットンが適任者を見つけ手放しに褒め称え、人事に昇進させるよう命じる出来事が起きてしまった。

 これは一例であり、似たような事、不適当な人事がまかり通っており、戦局の悪化をもたらし、苦戦を強いられる原因となった。

 開戦して直ぐに牛島と井上が八原と佐久田に全権を与えて、思い通りの人事へ変更し適切に対処したお陰で崩壊は免れた。

 だが、苦戦した原因と恨みは前線指揮官達に強く残り、無能な官僚と彼等を任命し吉田に敵意が向けられていた。


「警察予備隊の意見など無視なされてはどうでしょうか?」


「それはできない。彼らと彼らの家族も日本国国民だ。彼らの選挙権も基礎票も無視できない」

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