高木の主張
終戦後、高木惣吉は、終戦工作の立役者、最大の功労者として、内閣書記官長となった。
だが戦後の制度改革により内閣書記官長は廃止となり後継の内閣官房長官が設置されるとスライドして就任した。
政治的な能力はないと見られていた高木だが、海軍の頭脳集団、ブレーントラストを使い、日本の現状に関する提言を行い、戦後の混乱を最小限に抑えたと評価され、戦後五年を経た今も残留している。
元軍人ではあるが吉田も高木とそのバックにある集団をその能力と実績故に無視できず、多くの反対を受けながらも高木を内閣に残留させていた。
本人は敗北の原因となった軍人として責任を取るとして辞任したがっていたが、周囲の状況、南北対立の激化により、残留することとなった。
そして、高木はその能力を最大限に使い、日本をここまで引っ張ってきた。
その中には状況を的確に把握する能力にも長けており、日本国民の意思も、やるべき事も理解していた。
「これ以上の被害は、無視できないでしょう。攻撃してくる兵器を除去する必要があります」
一発当たりの被害は少ないとはいえ、大量生産可能で飛ばしやすい巡航ミサイルを連日発射し続けている。
国連軍による発射基地破壊は行われており、かつてのように一日千発などという発射は出来ない。
しかし北朝鮮軍は、空中発射や隠匿した陣地、あるいは移動発射機を使って、ゲリラ的に一日百発の巡航ミサイルを放っており、日本に被害をもたらしていた。
「だが、大陸からならどこからでも撃てるのだろう。その意見ではソ連領さえ占領しなければならないぞ」
「戦争中で放ってくる国さえ除去すれば良いのです。少なくとも一方的に攻撃される状況は改善するべきです」
「君は、半島上陸に賛成なのかね」
「国民の安全を確保するためにも、半島へ上陸し発射基地を制圧する必要があると考えます」
「占領までする必要があるのかね。発射基地さえ攻撃して叩くだけで十分だろう」
「彼等は移動式発射装置から放ってきています。発射可能な地域を制圧しなければ打ち続けられます」
「それでは攻撃可能な範囲は全て占領する必要が出てくるぞ」
「日本の安全の為には日本海沿岸を友好国で固めるべきかと」
「その論調では、ソ連の沿海州も含まれているようだが」
「最悪の場合、ソ連とも戦う事になります。沿海州制圧も視野に入れて行動するべきです」
吉田の皮肉も、高木は直球で返してきて吉田を黙らせた。
「大東亜共栄圏の夢よ、もう一度か」
「少なくとも、日本の周辺は友好国で固めるべきでしょう」
吉田は嘆息した。
このような人物が、戦前の日本のような考え方を、日本が直接支配しない分、幾分か現実的だが覇権主義的な考え方を持つ人間が自分の片腕ということに頭痛を感じる。
いっそ、首にしたい。
だが、能力はある。
戦争が行われている今、軍事の専門家、それも軍事だけでなく関連する国内外の政治経済に詳しい人間が必要だ。
その点、高木は終戦工作で国内外の調整を行ったためその辺の事情に詳しい。
終戦から五年経った今も有用であり、他に代えられるだけの人材がいないため切ることは出来ない。
しかし吉田は内外に敵を抱えながらも、自説だけは曲げなかった。
「……今回の決定は重大性、これまでの日本国の方針、戦争放棄、侵略を禁止する項目に触れる可能性が非常に高い。また参加する将兵の規模や予算に鑑み、私の一存では決められません。閣議と協議の上、決定したいと思います」
「……分かりました」
ニミッツは不承不承、頷いた。
今の日本国憲法を作ったのはGHQであり採用せよと迫った。
なのに都合が悪くなって変えろとは言いづらい。
空気を読んで自ら改憲するくらい、いや、占領時に変えた法令なのだから独立後も堅持する必要はないと、捨ててしまえば良い。
だが、同盟関係、それもこれから共に戦う国に、そんな事を示唆する訳にはいかない。
しかし、釘は刺しておく。
「しかし、早急に結論を出してください。不本意な決定は講和会議に多大な影響を与えるでしょう」
「脅迫ですか?」
「警告です。今、半島だけでなく日本で戦っているのは国連軍であり講和会議に参加する殆どの国が部隊を送っています。にもかかわらず、助けられたのに国内事情で援軍を送らないとなれば各国はどう思うでしょうか」
ニミッツの言っていることは事実だ。
講和会議の参加国の殆どは、少数ながら国連軍に参加している。
日本が派兵しないとなれば、朝鮮半島で苦戦している彼等の心証が悪くなるのは避けられない。
結ばれる予定の講和条約に悪影響を及ぼしかねない。
日本の独立、主権回復が目下の目標としている吉田にとって講和会議は成功させなければならないので、参加国の心証を悪くしたくない。
だが、海外へ部隊を派遣するのも吉田は嫌で黙り込む。
その姿を見たニミッツは言った。
「現実問題として半島の状況は急速に悪化しつつあります。朝鮮半島が失陥し赤化した時、その脅威を正面から受けるのは日本です。その事を忘れないよう」
時間稼ぎをする吉田にニミッツは釘を刺して、その日の会談は終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます