国内の状況変化 吉田の反対

 ニミッツの言葉に吉田は黙った。

 朝鮮半島への進軍、日本の部隊の海外派遣の是非は国民の間でも左右に分かれており、国会内でも激論を交わしていた。

 だが、太平洋戦争の戦火を、多大な破壊を日本国民はまだ覚えており、海外への派遣は反対論が強く、見送られていた。

 しかし、ここに来て重大な転機が訪れた。

 開戦時の混乱と敗走のあと、韓国軍および国連軍が立ち直り、釜山橋頭堡を確保していた。

 その理由は、豊富な物資が供給されていたたからだ。

 北朝鮮軍の猛攻を圧倒的な物量で押し返して、防衛戦を維持していた。

 その物資の供給源となったのは日本だった。

 戦争が終わった後、混乱とGHQの統制もあり日本の国力回復は遅かった。

 それでも復興できたのは中共内戦により、国民党からアメリカからの支払いで軍需品の大量発注があったからだ。

 国民党軍の中には旧日本軍から武装解除で得た武器や、顧問として部隊ごと日本軍を抱えているところもあり、旧軍装備も需要が高かったことも幸いした。

 お陰で日本は息を吹き返したが、長江を挟んで休戦状態になると発注は減少。

 生産力が余り、物が余り一時不況になった。

 だが、極東戦争の勃発により特需は発生。

 余っていた物資を国連軍が大量に買い上げ朝鮮半島に送っていた。

 もちろん、侵攻を受けた北海道や南中国、中華民国へも送っていた。

 しかし日本の物資を一番頼りにしていたのは追い詰められつつある朝鮮半島の部隊だ。

 国土の大半を北朝鮮に抑えられ、もはや釜山周辺の生産力だけでは、軍隊さえ支えられない状況だ。

 なので日本からの物流を断てば釜山橋頭堡は落ちると北朝鮮軍は考えた。

 だから元山から巡航ミサイルを発射して日本各地を混乱させ補給を止めようとしたのだ。

 既に準備が整っていたことも大きかった。

 極東戦争が起こる前、東西冷戦が始まった直後、東側は米ソが直接開戦した時、直ちに西側の拠点を原爆以外でも攻撃出来る態勢を整えようとした。

 その一つが、巡航ミサイルの配備と発射基地の整備であり、満州に生産設備があったこともあり、北朝鮮の国内、特に日本海沿岸は日本への攻撃に最適とされ発射施設が整備された。

 製造が簡単なこともあり開戦時には既に一万発以上が分散配備。

 発射施設も大規模のものが複数あり一日に千発の発射が可能だった。

 その気になれば開戦当日に発射も可能であった。

 当初は、この侵攻作戦は短期間で終わると考えられており、北朝鮮首脳部は日本国民の心証が悪くなる――共産主義への共感がなくなる事を恐れて使用するつもりはなかった。

 だが、膠着状態となった今は違う。

 戦いを終わらせるために打てる手を打ちたい。

 そのため北朝鮮は巡航ミサイルを発射を決定した。

 当初は釜山への攻撃を予定していたが、同じ朝鮮民族同士が殺し合うのは良くないと考え、日本のみに限定し、発射した。

 太平洋戦争時は防空体制が充実していたが、戦後の軍隊解体により防空網がゼロとなった日本はこの攻撃に対処できなかった。

 B29による空襲記憶が未だ残る日本国内はパニック状態。

 再び国土が燃やされる、せっかくの復興が台無しになる、と人々は慌てふためき、また疎開しなければ、ならないと逃げ出す人もいた。

 このような状況のため、日本国民は一転してクロマイト作戦参加へ大きく考えを変えていた。

 巡航ミサイル攻撃により、被害が出て国民の論調が変わっていることをニミッツも吉田も知っている。

 勿論、吉田も手をこまねいていない。

 米軍に頼み、発射基地を空爆してもらい、日本も迎撃のために航空部隊を増強し防空網を構築。

 一日の発射数を百発前後に抑え込み、迎撃率を九割近くまで高め被害を激減させた。

 しかし、北朝鮮も移動式ランチャーと航空機による空中発射をおこない、攻撃は続けている。

 そのため必ず一発は日本の人口密集地帯に落ちており、報道各社は被害が出る度にセンセーショナルに報道したし、国民も次は自分たちの家に落ちるのではないかという漠然とした不安が残っていた。

 だから、ミサイル攻撃を止めるため北朝鮮を制圧して欲しいと思うようになる。

 右翼系新聞では日本の安全の為に朝鮮半島を再び日本の勢力下に置くべし、と言うところもある。

 それは極論だったが、巡航ミサイルの阻止は誰もが望んでおり、破壊か占領を求めていた。

 与党内の右翼からも朝鮮半島上陸作戦参加賛成の声も出ており、その意見は徐々に広まっていた。

 その事は吉田も分かっている。

 だが、吉田は反対していた。


「ですが、警察予備隊を海外に送るとなると更に軍が拡大する。大戦の悲劇を、軍部の暴走は阻止しなければ」


 だが戦域が拡大する事は、警察予備隊が規模を拡大しては再び軍部となって台頭し、日本を危うくすると考えていた。

 吉田の閣僚達も似たような考えを持っていた。

 ただ一人を除いて


「国民は日本の安全、巡航ミサイル基地の制圧を望んでいます」


 内閣官房長官の高木惣吉が、口を挟んだ。

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