クロマイト作戦 参加要請

「それで、どうして仁川上陸を行おうというのですか」


 日本国首相吉田満は、不満そうにGHQのニミッツに尋ねた。

 サンフランシスコ講和会議前の打ち合わせという名目で総理官邸を訪れたニミッツとの会談だが、昨今の重大な関心事は極東戦争、特に国連軍にとって芳しくない戦線である朝鮮半島だ。

 当然、話題も講和会議より、重要であり、先に話すことになる。


「釜山橋頭堡は危機的な状況です。戦局を打開するためにも北朝鮮軍の背後を寸断する必要があります。そのためのクロマイト作戦です」


 クロマイト作戦――仁川上陸作戦が計画されているのは釜山橋頭堡が陥落寸前だからだ。

 進捗が良くない稚内攻略に使われている兵力を転用し、仁川への上陸作戦を敢行。

 北朝鮮軍の後方を寸断して主力を包囲殲滅し朝鮮半島の戦線を安定化、あわよくば北朝鮮を制圧する。

 以上がクロマイト作戦の内容だ。

 天塩海岸上陸作戦、ブルーハート作戦の焼き直しとも言える。

 朝鮮半島は南北に山脈を通っており東西への移動は制限されている。

 唯一の例外は半島の中央部を東から西へ流れる漢江で、黄海側から放射線状に流域が広がっているため、半島の東西の連絡がし易い。勿論南北にもだ。

 川に沿って道が出来ているため、漢江の下流にあるソウルには自然と道が集まっており、交通の要衝となっている。

 だからこそソウルが歴代朝鮮王国の首都となっていた。

 朝鮮半島の物流を握るには、ソウルを制圧するのが一番だ。

 それは軍事でも変わらず、補給線のほとんどがこのソウルを通っており、北朝鮮軍の補給の大半はソウルを通っている。

 そのためソウル市民が多数動員され、道路や端の修復や物資の輸送に徴用されていた。

 だからこそ、北朝鮮軍が釜山周辺、半島の南部集まっている今、漢江の河口にある仁川に上陸し、そのまま川を遡ってソウルを奪取すれば、北朝鮮軍の退路退路を断つことができ制圧できる。

 その視点からクロマイト作戦は立案された。

 だが問題もあった。

 原案を立てたのは佐久田――幾つか出した作戦案の一つだが、かなり投機的、釜山から離れているし、仁川が世界でも有数の干満差のある海岸で、干潮と満潮で数メートルもの差がある。

 作戦を聞いたアメリカ国防省の幹部は成功率は五千分の一だと呆れた。

 しかし、佐久田は十分に勝算があると考えていた。

 仁川への上陸は、日清戦争以来、日本は何度も行っており、経験がある。

 韓国併合後も度々軍隊輸送などで使った経験があり韓国を手放してから五年しか経っておらず、経験者が多く土地勘があること。

 北朝鮮軍の大半が釜山橋頭堡へ配備されており、仁川とソウルががら空きに近い状態であること。

 以上の点から、上陸に困難はあっても作戦は成功すると考えていた。

 計画を聞いたニミッツとパットンは、驚きはしたものの、自らの幕僚に検討させた結果、可能だと判断し、熱烈に支持した。

 無論、朝鮮半島の戦況が悪く、起死回生の手を打ちたかったこともある。

 かくして北朝鮮軍の後方へ上陸するクロマイト作戦は実施するべきとされ準備が進められた。


「クロマイト作戦が国連軍にとって必要だというのは分かりました」


 吉田は外交官として鍛えた流暢なイギリス英語で、アメリカ人の癪に障るような発音で、不満を強く表明すべく言う。


「ですが何故、朝鮮半島の、仁川への上陸作戦に警察予備隊や海上警備隊を投入しなければならないのでしょうか?」


 米軍が立てた作戦の前提が日本軍、日本政府が有する武装組織、警察予備隊と海上警備隊が参加することだ。

 しかも、その前提で既に米軍は勿論、警察予備隊や海上警備隊が動いているのが気に食わない。


「極東において日本軍は最高の戦力を有しています」


 ニミッツは吉田を説得しようと穏やかに話し始めた。


「侵略を受けた同じ陣営の国を助ける事は当然でしょう」


「韓国は日本の事をそう思っていませんが」


 反日姿勢が激しい韓国が日本軍の半島再上陸を嫌がっていることを吉田は指摘した。

 勿論、日本から独立して、反日感情が強い韓国と日本の対立をニミッツは知らないわけではない。

 だが、極東国連軍最高司令官として、ニミッツは引き下がるわけにはいかない。


「しかし、前線から必要とされています」


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