第一師団の移動
「乗車しろ! 急ぐんだ!」
旭川の駅に到着した警察予備隊の隊員、第一管区隊改め第一師団所属の隊員達は、指定された列車に向かう。
彼等は車両に乗り込むと奥から詰めていった。
「陥落していない稚内から移動して良いのですかね」
若い隊員の一人が言った。
稚内を落とそうと激戦を繰り広げたが、突如移動命令を受けて、後退。
鉄道が復旧した旭川から列車に乗り込んだ。
「あれだけの防備が施されて激戦になっているんだ。そう簡単には落ちない。上もその事を理解していて転戦させるつもりなのだろう」
「確かに厳しいですからね」
稚内周辺は徹底した地下陣地の構築により、難攻不落の城塞となっている。
前進しても生き残った地下陣地の出口から出てきて、後方に奇襲を与えるため、国連軍将兵は終始警戒を怠れなかった。
そこでの戦闘は、二〇三高地の再現と言われていた。
米軍は沖縄戦の再来と言っているが。
「戦場から下がって休めるのは良いことです」
そんな中、戦争が始まってから戦い詰めだった彼等にとって後方へ下がれるのは嬉しいご褒美だ。
「しかし、客車に乗って移動できるとは嬉しい」
開戦により北海道への侵攻を阻止するため、警察予備隊では急速な動員と北海道への輸送が行われた。
その際、当時第一管区隊から増援が送られたのだが、隊員輸送に使われたのは鉄道、それも石炭輸送の貨車だった。
当時は急な動員により国鉄の客車が足りなく、使える客車はアメリカ第一騎兵師団が優先されていた。
結局余っていた石炭貨車で警察予備隊の隊員を運ぶしかなかった。
乗り込むよう命じられた当時の隊員達は肩を落としたが、北海道の仲間を助けるために我慢して乗り込み石炭まみれになりながら、戦場に向かった。
そのため戦場に着いた時には真っ黒だった。
しかし、この日は客車を使って移動できる。
ようやく人並みに扱われているという安堵が隊員達に生まれ勝利の証と喜んでいる。
だが、実際は違う理由だった。
開戦による、急速な動員と特需で鉄道の輸送量が増大。
機関車の走行距離が増大に伴い石炭の消費も増大。
各地の機関区は石炭不足になった。
蒸気機関車全盛の時代、石炭が不足すれば運転できなくなる。
直ちに石炭輸送車を元の石炭輸送に戻し、人員輸送には通常ダイヤから客車を引き抜いて充当した。
つまり隊員の為に客車を用意したのではなく、石炭輸送車が必要だから取り上げられ余った客車を当てられたのだ。
結局は物資輸送の都合――それも非常に大事だが隊員達の扱いは二の次だった。
だがそんな事情はつゆ知らず隊員達は普通に喜んだ。
同時に不安もある。
旭川を出て一時間ほどで運転停車が行われ、機関車交換のため十数分停車する。
その間に駅に待機していた販売員が隊員目当てに窓から売り込みを行う。
小遣いを渡されていた隊員達は売られていた弁当や菓子、飲み物、新聞を買いこみ、退屈な移動の時間を潰そうとしていた。
その新聞の見出しにはこんなタイトルが出ていた。
空襲阻止のため直ちに朝鮮半島を制圧するべし
帝国主義時代の悪行を繰り返すな! 日本軍の朝鮮半島派遣反対!
「俺たち次は何処へ行くんだろうな」
彼等の最大の関心は次の戦場が何処かという話だ。
「今回の移動は休養と補充、再編成のためだろう」
「噂だと釜山に派遣されるとか言っているぞ」
「仁川に上陸とか言っているぞ」
「しかし半島に上陸出来るのか?」
半島への上陸作戦をあり得ないと考える日本人は多い。
先の戦争が東アジアへの侵略戦争だったと声高に言っている以上、海外派兵をタブー視する風潮がある。
警察予備隊が創設された時も、侵略を行うのではないかと疑問視されている。
そのため、国内の防衛のみ使用すると政府が約束しようやく編成された。
しかも韓国の李承晩が、日本軍――警察予備隊の韓国上陸に反対しており、実現は難しいと日本の自称専門家は見ていた。
「だが、国民は北朝鮮の制圧を望んでいる」
一方、右翼系の新聞の論調は違った。
朝鮮半島を民主主義陣営に
日本の安全保障上、朝鮮半島は勢力下に置くべき
ミサイル空襲のない平和な日本にするため朝鮮半島を制圧せよ
北朝鮮から放たれる巡航ミサイルの攻撃が先の大戦の空襲を思い出させ、人々を不安にさせていた。
そのため、発射基地である北朝鮮を制圧するべしという声が上がっている。
空襲被害が増え、国民に伝わると共に、その論調は日々大きくなっていた。
「下手すると半島上陸もあり得るな」
「まさか」
「だが他に方法はないだろう」
彼等の空気は重いものとなっていった。
早々に買いこんだ飲食物を飲み込むと睡魔に身を任せ熟睡。
札幌に着くと、宿を指定された後は自由行動となり命の洗濯をした。
そして、休暇が終わると、再び揚陸艦へ向かわされ、自分たちの次の作戦が上陸作戦ということを悟り、覚悟した。
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