半島と大陸の戦況と日本の状況
「地下陣地は敵の爆破により崩落しました」
「了解した」
佐久田は、報告を受けて苦虫を噛みつぶした。
「まさか、防御で坑道爆破を行うとは」
坑道作戦。
第一次大戦で塹壕を破壊するために、地下深くに坑道を掘り、敵陣地の真下で爆破する戦術だ。
日本では馴染みはないが、中世ヨーロッパから長い攻城戦で使われている伝統的な戦術で、第一次世界大戦では大規模に使われた。
勿論、日本でも旅順攻略戦で活用しており、知識はある。
だが、防御戦で使われるのは予想外だった。
しかし本郷は採用した。
兵力が少なくなった場合の、戦術活用、敵に地下陣地を制圧された場合の次善案として計画された。
地下陣地より下に坑道を予め掘っておき、敵に制圧された部分を爆破してワザと崩落させる。
奪回するだけの兵力がなく――政治士官の無茶な命令で突撃し現有兵力が少なくなったため、これ以上損害が増えるのを防ぎ、敵に地下陣地を使われないようにするための処置だ。
苦肉の策だったが、事前準備が整っていたこともあり成功した。
しかし、佐久田には予想外であり、痛恨の一打となった。
切り札であった特機隊二個中隊が壊滅。
他の部隊は経験で劣る上に、再び坑道戦術が行われる事を考えて慎重に進める、安全な地上を進むしかない。
その地上は敵の攻撃で損害が出ている。
しかも崩落した地下陣地が堀、軟弱な陥没地となっており、前進に難儀する地形になって仕舞った。
攻略は遅れるだろう。
「このままでは拙いな」
佐久田の現状は見た目以上に悪い。
兵力数で圧倒しているのに、予定期日を越えても陥落できずにいる。
上陸後、北日本軍主力を撃滅し、当初の目的を達成したにも関わらず、稚内攻略が達成できないことに国連軍は苛立ちを募らせていた。
北海道、朝鮮半島、中国大陸と三つもある戦場。
それも上手く行っていない小さな戦場、稚内に大兵力を投入するのは無駄の極み。
アンツィオ――第二次大戦のイタリア半島上陸作戦上陸地点から進撃できず、失敗と結論づけられた戦場の再来。
稚内は国連軍最大の自主捕虜収容所と非難する者もいた。
特に後退が相次ぐ半島の戦況は芳しくない。
釜山橋頭堡に押し込められた韓国軍と米軍は、風前の灯火とされた。
攻略できない稚内に拘るより、危機に陥っている戦場に兵力を差し向けるべきだという声が高まっていた。
「稚内攻略の兵力の大半を半島への上陸に使おうという話が出ています」
「確かに良いだろう。新たな師団が出来つつあるし」
警察予備隊では、管区隊を師団へ改編する動きが出来つつある。
もとより計画されていたが、戦争により早まった。
特に、管区隊は地域防衛をメインにしたため、戦略的機動力、北海道の救援に向かうにはかなり無理を、特に後方支援態勢がなく、長距離と交戦に耐えられない。
それでも戦えたのは防衛線だったため、上陸作戦が短期間で終わったため、何より米軍の後方支援態勢のお陰だった。
だがこのような状況は何時までも続かない。
独立した作戦能力を持ち、遠隔地に救援に駆けつけられる戦力が欲しかった。
特に北の侵攻の可能性が高くありながら、人口密度が低く、兵力の確保が難しい北海道は増援が必要だ。
日本各地の兵力を派遣するためにも師団制は必要だった。
その師団を編成する為の改変が進められており、各管区隊も順次師団に改変されつつあった。
新編成の師団も本土で編成されつつあり、戦力は増えつつあった。
「それが、警察予備隊も朝鮮半島へ上陸させようという話が来ています」
「まさか」
東京との連絡役の話に佐久田は耳を疑った。だが事実だ。
「それだけ、半島の戦況が厳しいようです」
「だが、認められるか」
確かに兵力不足の朝鮮半島に警察予備隊が投入されれば単純な戦力差から、逆転することは可能だ。
だが、反日を表に出す、李承晩が認めるとは思えない。
また、国内の左翼系知識人、国会の半数近くを占める左派が、憲法違反を理由に警察予備隊の存在さえ認めない連中が、海外派兵など認める訳がない。
日本政府も植民地支配の負い目もあるし、戦域の拡大、警察予備隊の野放図な拡大、軍部の復活を恐れて手を出したくないはずだ。
「稚内を占領して安定させたいのだが」
佐久田としても半島への転進は反対だった。
後顧の憂いを無くすため北海道に北日本の拠点を残しておきたくない。
移動するにしても稚内を攻略してからだ。
また警察予備隊が陸上戦力が必要以上に拡大されるのは危険だ。
しかし、朝鮮半島の安定化と、赤化阻止には派遣が必要である事も理解していた。
「だが、国内問題を解決しなければ、海外派兵を許す事にならなければ無理だろう」
現状は先の大戦の被害、空襲の記憶がある国民が多く、戦争に対して否定的な意見が大きい。
特に、戦争が長期化しかねない海外派兵など許すとは思えない。
国会でも反対派が多いし、吉田総理も反対している。
とても、日本の舞台を半島へ派遣できるような状況ではない。
佐久田はそう結論づけたが、思いもよらない事態となる。
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