稚内攻略 膠着

「敵主力が確認できないだと?」


 佐久田は部下の報告に疑問符を浮かべた。

 先日まで激しい攻撃を加えていた北日本軍主力だが、旭川から来たパットンの部隊に挟撃され、分断された。

 あとは残存兵力の掃討か、降伏かしかない。

 しかし、目標としていた北日本軍主力が稚内の南に迫り、猛攻撃を加えていた北日本軍が消えてしまった。


「天塩川沿いに南下してくるはずだろう。浜頓別方面へ逃走したか」


「いえ、そちらも撃破しています」


 オホーツク海方面へ逃れようとした部隊への攻撃も計画されており、順当に撃破していた。

 戦果確認と残敵掃討のための地上部隊も派遣されており北日本軍主力の壊滅は確実だ。

 だが、忽然として敵軍がいなくなったのは不可解だ。


「何処に行ったんだ」


「捕虜の証言では、軍隊の態をなしていないようです。バラバラ散り散りとなって隠れるようにとの指示が出たようです」


「ゲリラとなったか」


 太平洋戦争中、米軍の上陸を受け、主抵抗線が失われ、部隊がちりぢりになる事が多かった。

 彼等はジャングルの中に入り込み、米軍に対するゲリラ攻撃を行った。 

 成果は微々たるものだったが、米軍は攻撃を警戒して多数の兵力を後方に貼り付けざるを得なかった。


「我々も同じ事になるのか」


 主力軍迎撃に使った兵力を稚内攻略に使いたいが、後方の残敵掃討に使わなければならない。

 しかも広大な険しい山域に大軍を、敗走したとはいえ、元は八個師団十万以上の兵力を有した兵団だ。

 その数パーセント、数千人がゲリラとなったら、ゲリラ掃討戦の法則に従えば三〇倍の兵力、二十万ほどの兵力が最低限必要になる。

 通常の軍事作戦より多いのは攻撃だけでなく、捜索したり包囲網を作り出すための兵力が必要だからだ。

 佐久田は中国戦線で便衣隊の掃討作戦に従事していた時の経験から、それぐらいの兵力が必要なのを理解している。

 禄でもない事になった記憶ばかりで、考えただけで、佐久田は頭が痛くなる。

 今は八個師団、十数万程度しかいないし、稚内攻略に兵力を割く必要がある。

 それでも、後方を乱される事は避けなければならない。

 どの部隊を割り振るか、即座に決める。


「地元の第二管区隊と応援の第一管区隊、それと軽装備の第八二空挺師団を稚内から後退させて掃討を命じる。ヘリコプター団も支援に回す」


 日本の部隊なので住民と北日本兵の識別が米軍より容易、米軍は下手をすれば集落ごと焼き払いかねない。

 そのような事が起きないよう日本の部隊を多くした。

 八二師団は軽装備だが、兵力が多いし、包囲線構築、道路の封鎖を行いゲリラの動きを封じてもらう。これなら悲劇は少なくなるはずだ。

 ヘリコプターは上空からゲリラの動きを監視するのに使える。


「それと第一海兵師団も協力してくれるかもしれない」


 上陸任務専門の彼等にそのような任務を命じるのは心苦しいが仕方ない。

 だが、やるしかない。

 後方を攪乱されると危険だ。

 それに民間人への被害が続出すれば、警察予備隊への不信感を増大させる。

 戦争での空襲阻止に失敗し、敗戦を導いてしまった汚名と、左翼系知識人の宣伝でタダでさえ警察予備隊と海上警備隊は肩身が狭い。

 ここで国民の支持と信頼を失うのは避けたかった。

 早期に掃討するためにも米軍を使って行うのは急務であり、仕方なかった。


「しかし、それでは稚内攻略戦に参加する兵力が減少します」


「現状でも十分すぎる兵力を投入している」


 元から上陸している兵力だけで十分だ。

 これ以上投入したら、人が多すぎて身動きがとれなくなる。

 今の兵力で十分だ。


「問題なのは、それでも稚内が陥落するとは限らないことだ。稚内の防御陣地は、攻撃側を上回っている」


 佐久田の懸念は当たった。

 第三管区隊、第四管区隊、さらに米軍の第七歩兵師団、第二五歩兵師団を使って攻撃を仕掛けたが、本郷中将の指導と指揮により稚内の防備は硬く陥落しなかった。

 無謀な出撃により兵力が減っていたが、巧みな陣地構築により防衛線の後退こそあれ、頑強に抵抗し稚内市外への突入を防いでいた。

 予備に回された第一騎兵師団が攻撃に加わったが状況は変化しなかった。

 更に多数の兵力を投入しようにも海に囲まれた稚内への道は狭く、両端を海に守られており、これ以上の兵力投入は出来ない。

 艦砲射撃にも耐える地下陣地を攻略するには歩兵が自ら地下陣地に入って行かざるを得ず、壮絶な白兵戦が各所で展開された。

 地下壕へ火炎放射とガソリンの投入、入り口をコンクリートで埋めて塞ぐなどして守備隊の活動を封じようとした。

 だが、それでも稚内守備隊は、炎上した区画を一時放棄したり、埋められた入り口を手作業で再び開通させ、活用するなどして抵抗した。


「全く、よく粘る」


 執拗な抵抗は太平洋戦争末期の日本軍の抵抗を日米共に思い起こさせ、稚内攻略が厳しいものであることを改めて認識させた。

 そして、長期化するにつれて日本国内の状況は変わりつつあった。


「国内で戦争継続に疑問の声が出ています」


 長引く戦争に既に厭戦気分が出ていた。

 北日本軍主力が壊滅したため余裕が出た事、北日本が報道管制により実態を報道していないこともあり情報提供が多く、民主主義国家のため口撃し易い日本政府にマスコミの目が向けられた。

 特に左翼系知識人の記事は執拗で、彼等はあること無いことを話し、政府と警察予備隊を責め立てた。

 特に報道写真は酷かった。

 ある新聞で、民間人の遺体が映った写真を掲載し、警察予備隊による虐殺だと報じた。

 背後の風景から北海道である事は確かであり、事実かと思われた。

 しかし、真相は違った。

 太平洋戦争末期、ソ連軍が北海道へ侵攻した時、彼等が資料写真として写した一枚だった。

 それを持ち出して警察予備隊のせいにしたのだ。

 のちに事実は判明したが、センセーショナルに報道され、訂正記事も小さかったため数十年経っても、警察予備隊の虐殺の証拠として載せられる事が多い。


「そこは仕方ないだろうな」


 非常に頭にくるが、軍事に関して正しい知識を持たない国民は正確な判断など出来はしない。

 後々の影響が大きいが、今は目の前の問題に対処するのが先決だった。


「問題なのは、国連軍上層部が稚内攻略を疑問視し始めた事だ」


 これだけの兵力を用いて落とせないのであれば、兵力の転用が決定してしまう。

 朝鮮半島の戦況は悪いのだ。

 しかし、北日本の拠点を残しておけない。

 だが、防御が強力な稚内を強引に落とす事は出来ないだろう。

 ありの巣のような地下陣地を短期間に落とすだけの装備も訓練も国連軍は施されていない。


「仕方ない。応援を呼ぶしかない」


 苦渋の決断だったが、この状況に対応出来る部署に、その上位組織である国家公安委員会に佐久田は部隊の出動を要請した。


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