反撃命令
「同志司令官! 味方の主力が戻ってきています。挟撃の好機です!」
稚内市内の地下に設けられた司令部で威勢良く政治士官が言った。
「我々も出撃して敵を撃滅するべきです」
政治士官の進言に本郷は目が眩んだ。
「同感だが、我が守備隊は現有兵力が少ない。稚内の保持だけで精一杯だ」
北日本は侵攻作戦に全戦力を投入していたため、稚内の守備兵力は少ない。
それでも今まで稚内が保てたのは、地下陣地に籠もり国連軍、いや米軍の圧倒的な物量、砲爆撃に対して損害を最小限に抑えたこと。
敵が懐に入ってから反撃し、敵の支援攻撃を封じたからだ。
また物資の集積地だったため、北日本軍にしては珍しく、物資が豊富だったからだ。
「今ここで打って出ても、敵の五倍の損害を受けて、作戦は失敗するだろう」
沖縄戦で八原大佐が、常々言っていた言葉だ。
あのときは六倍と言っていたが、総攻撃の時、見事的中させたことを本郷は後で知った。
それだけ米軍は恐ろしい。
自分たちの部隊がどれほどの損害を受けたか、聞いただけで、そして彼等の死闘を思い浮かべるだけで米軍の強さが分かって仕舞う。
無謀な作戦で部下を失う事は避けたい。
「ここで粘り、同志達を迎え入れるため港を保持するのが優先だ」
「なんと気弱な」
だが政治士官は米軍の恐ろしさを知らないらしい。
地下壕の中で暮らしていては米軍の猛攻撃を知る機会が無いらしい。
「同志がこの稚内に向かって戻ってきているのですぞ。敢闘する彼等を救おうという気は起こらないのですが」
「勿論あるぞ」
嘘ではない。
本心なら味方を、赤い星を付けていても軍人である本郷は多くの将兵を救いたい。
「既に砲撃は命じている。可能な限りの事はしている」
包囲している国連軍に対して残して置いた重砲を使い反撃している。
しかし、それ以上の事はしていない。
これまでの経験から、出撃すれば大損害は免れないからだ
自分の心情一つ、味方を好くいたという思いだけで千単位の部下達を失うわけにはいかなかった。
南の同志が万単位で包囲されつつあるのは分かるが、救う手立てがない。
失敗する事が分かっている作戦で出撃して損害を積み増すことは出来ない。
だから出撃に待ったをかけていた。
「私は稚内の防衛司令官で、稚内の保持を最優先に考えている」
「同志司令官。それはサボタージュも同然です。危機に陥っている味方を助けず見殺しにするなど、赤軍将校にあるまじき事」
稚内の防衛を疎かにした、攻撃に全振りをした責任はどう取るのだ、と本郷は言いたかったが、上層部は反逆だと言って本郷を処罰するだろう。
なにより言っても状況を変えられない、本国などプロパガンダと脅しと粛正だけしか出来ず、国連軍を打ち破る術など持たず、期待するだけ無意味だ。
「党に報告させて貰います」
「構わないぞ」
本郷は政治士官を引き留めなかった。
解任までの間だけでも部下を助けるため、少しでも長く抵抗するため指揮に集中したかった。
しかし、彼はすぐに戻ってきた。
「同志司令官! 本国からの命令です。主力を救うために直ちに出撃し、帝国主義者共を殲滅せよとの事です」
「馬鹿な、無意味な攻撃の後、全滅するのがおちだ」
「厭戦的な発言ですな。党に報告します」
「構わない、私が攻撃に反対だったことも、キチンと記録してくれ」
「分かりました。直ちに行います。しかし出撃は行って貰います」
「勿論だ」
本郷は投げやりに答えた。
とても上手く行くとは思えない。
ならば、出来るだけ損害を少なくするのが自分の任務だ。
浸透戦術を重点として攻撃。
最初の奇襲でできる限り敵の陣地を奪い確保。
敵陣に数キロほど、いや一キロも攻め込めれば大成功だろう。
それで精一杯だ。
とても味方の主力まで、三〇キロ近くを打通出来ない。
味方主力が行うべき事であり、彼等しか出来ない。
防衛戦力である稚内守備隊に、こんな命令が出ている時点で、おかしい、戦争は劣勢なのだ。
「せめて艦隊突入が今だったら」
先の海戦が本日行われれば成功の見込みはあった。
少なくとも艦砲射撃と航空支援を食らうことなく攻撃出来た。
「いや、益々劣勢になるだけか」
だが、突入しなければ、上陸作戦が成功し、物資が更に揚陸され稚内の守備さえ危なかった。
上陸して七二時間以内の時点で突入出来た事が最良の結果をもたらした。
敵機動部隊の半数が補給の為に後退する隙を突くためにも、あの時期に艦隊が突入するのが最良だった、と信じたい。
それに全く無駄ではない。
艦砲射撃の中核となる戦艦と巡洋艦がいなくなり稚内に降る砲撃が少なくなったのは、事実であり有り難い。
それだけでも本郷は大いに助かり、将兵は生き残っている。
しかし、ここで無駄死にさせようとしている。
「徒労に終わるかもしれないが」
最小限の損害で作戦が終わって欲しいと本郷は心から思った。
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